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■12月31日 何も考えずに文章を書き始める傾向がある。 書いているうちに何となく方向性が見えてくることもあれば、支離滅裂のままに終わらせてしまうこともある。 ただ、いつも思うのは、それなりに何とかなるものだということ。 今年も終わるというのに、こうして布団にくるまりながらぬくぬくと惰眠をむさぼっていられるのは、やっぱり何とかなっているからだと思う。 数年の間に転々と職を変えつつ好きなことをやり続けていられるのは、やっぱり強運(悪運?)なのだろうという気がしてくる。 来年もきっとなんとかなるのだと思う。 ■12月30日 年の瀬が迫り部屋の掃除を行うのだけれど、思いのほか早く終わってしまった上に、あまり変化が見られない。 以前知り合いから 『モノを捨てることに関しては、モノを拾うのと同じぐらい思い切りの良さがあるね』 と言われたことがあるのだけれど、それがどの程度の凄さなのかは未だに理解できていない。 多分、全然凄くは無いのだろうと思う。 ゴミとしてダンボール2箱分くらいに山積みされた、廃棄処分予定の物体たち。 年内ではゴミの日がもう無いということに気がついたのは、掃除が6割くらい終わった頃だった。 ■12月29日 『ぜいたくな食事』といえば、まず『エスカルゴ』が頭に浮かぶ。 あの、でっかいカタツムリをバターで蒸したような、あれ。 幼い頃、高級という名の下に外食先で出てきたあの料理が、今でも私の中で高級料理の代名詞になっている。 味の記憶がほとんど残っていないので、サザエにバジルでもかけてしまえば、きっと騙される自信もある。 それでも高級料理といえば、まずエスカルゴが頭に浮かぶ。 この前ファミレスのメニューで『エスカルゴ』を見かけたときは、その場でがっくりとうなだれてしまいそうなくらいに、ブルーな気分になったことは記憶に新しい。 『エスカルゴ』イコール『高級』という図式が、ガラガラと崩れていったように感じたひととき。 ■12月28日 妙に身体の調子が思わしくない。 一言で言えば『膨満感』が消えない。 果たしてこの表現が正しいのかは謎であるにしても、一度使用してみたかった言葉でもある。 何となく腹が膨れているような気がして食欲がない。 (あぁ、今、私は憧れの『膨満感』の中にいる・・・。) と、そんな快感があるわけでもなく、一つの願いが叶った割には心のむなしい年末。 ■12月27日 電車が駅から発進するときや、ドアが閉まるときに流れるイントロが、地方の駅によって異なるのはなんとなくわかる。 私の最寄の常磐線の駅も、数年単位の周期で変化をしてきているのだと思う。 僅か数年間の島暮らしから帰ってきて、東京環状線に関しては変化がなかったので特に気にならなかった。 でも地元の駅のメロディが、橋幸雄の『メキシカンロック』に変わっていたのは、興味がなくても気になってしょうがない。 多分、地方JRはベテランの驚異的な発言力がモノをいう世界なのだと思う。 ■12月26日 「ちょっといいですか?」 私が上野駅構内で切符を購入しようとしたとき、私より若干背丈の低い私服のおっさんに声をかけられた。 何故か昔から知らない人に声を掛けられやすい傾向がある。 宗教の勧誘、店の客引き、ティッシュ配りにビラ配り、道を尋ねられる率も高い。 友人が言うには、隙が多い奴は声をかけられやすいということ。 まぁ、特に反論する気もない。 ただ今回声を掛けてきたおっさんは、右手に警察手帳を持っているという特徴の持ち主。 さすがに警察にお世話になることはしていないハズ、、、と思いつつも、いつのまにか厄介事に巻き込まれていやしないかと、記憶の糸を辿ってみたりする。 (・・・・・・よし、なにも無い、大丈夫!) 「なんか用ですか?」 警察手帳とおっさんの顔を交互に、あきらかに不愉快な視線をむけながら言い放ってみる。 「君は学生?」 30歳の人間に言う言葉ではない気がすると思いつつも、 「・・・イイエ。」 言葉少なに不機嫌な返事を返す。 「ああ、そう。探している人に似ていたから、沼野君じゃないよね。」 明らかに用意していたと思われる言い訳を言ったかと思うと、こっちの返事を待たずして半笑いで去っていく警察のおっさん。 見た目で不信人物と思われたらしいことに、ショックが隠せない。 ■12月25日 『バレンタインデーにチョコを送る』 というのが、明治が打ち出した商業戦略の一つと言われるように 『クリスマスにケーキを食べる』 というのも、不二家あたりの商業戦略だったという記憶がある。 呆れるくらいに浸透しているこの風習。 いつか私も業者と提携して 『年に一度私に食事をおごると幸せになれるかもしれない』 という風習を浸透させてみたい。 世界中から私に食事をおごりたいという人が、予約待ちで訪れる日々。 「やあ、またエスカルゴかい?」 「ここの懐石料理は何度目だったかな〜」 「たまには庶民の味が恋しいね」 そんな妄想を胸に牛丼をほおばっていると、贅沢な気分になれる反面涙がでそうだ。 ■12月24日 クリスマスイブの異常とも思われる人波。 西洋のお祭りに日曜日が重なって、歩道が渋滞している。 (なんだ?これ・・・。) 心の中でつぶやきながら、広大なアフリカの地を思い浮かべたりする。 人ゴミのない地平線の見える広大なサバンナ。 自然の中で自然のままに生きる人たちの生活が頭をよぎる。 もっともアフリカに行ったことが無いので、ぼんやりとした知識で微妙な情景が思い描かれる。 ■12月23日 部屋の掃除をしてみた。 気分的にはじめたものの、結果的には大掃除さながらの本格的な片付けになり、大量のいらないものが部屋の隅に山積みされている。 1時間程度で終わる予定だったのが、4時間近くかかった原因として、小学生時代の国語の教科書を発見してしまったことがあげられる。 内容がわかっているのについつい読みふけってしまう。 いかんいかんと思いつつも、また学年の違う国語の教科書を発見。 さらには3人兄弟ということもあり、年代別に読んでしまう始末。 今も部屋の隅に綺麗に束ねてある国語の教科書が、読みたくてしょうがない。 ■12月22日 長時間ガムを噛む癖がある。 長い時では、一粒のガムを9時間くらい噛んでいるときがある。 捨てるときはもちろん、ガムを包んでいた紙にくるんで捨てるのだけれど、長時間噛んでいることもあり、包み紙を紛失してしまっていることが多い。 考えた末、新たにガムを空けて、噛んでいたガムを包んで、、、ガムを噛む。 (・・・・・・・・・。) 口の中のガムを処理することに関しては、驚く程に進展していない現状に気づかされるひととき。 ■12月21日 中学生の頃、登校時に服装などが気に入らない生徒に対して、腹をわしづかみして注意してくる先生がいた。 夏服の際、ワイシャツの下のTシャツが柄物だったりすると透けて見えてしまうのでダメだということから、服の上から腹の肉をつかんで注意してくるという荒技だった。 生徒たちの間では、その技を擬音化して『ムンズ』と呼んでいた。 教室に入ってくるなり、腹を押さえながら、 「今日、ムンズされちったよ〜」 と、ぼやく生徒たち。 そのうち、二の腕の肉を小さくつかむ『コムンズ』という技も現われ、 「おれはムンズだった!」 「おれはコムンズだった〜」 と、一段とヒートアップする生徒の会話。 ムンズ注意をされている生徒の脇を、隠れるように通り抜けようとした私の腹を、すかさず空いているほうの手でムンズをされた朝。 新たな必殺技『ダブルムンズ』の誕生に教室が沸いた。 ■12月20日 部屋の掃除が進まない。 今まで一人暮らしだったこともあり、年末の大掃除は必要ないぐらいにモノが少なかった私の部屋。 打って変わって実家の部屋はモノに溢れている。 特に押入れを空けると、誰のものか分からないものがたくさんでてきて飽きない。 昨日はオシャレなウィッグ(カツラ)を発見して、3時間くらい遊んでしまうほどに面白かった。 今日も押入れの前で、昔のマンガを読み始めてしまう私。 相変わらず掃除は進まない。 ■12月19日 携帯の使い方があまり理解できていない。 基本的に私の場合、携帯に電話がかかってくることは稀で、大抵自分からかけることがほとんど。 だから携帯で話している間に他の誰かから電話がかかってくると、慣れていないので妙にオロオロしてしまう。 最近は『先着順』という名の下に『電話を切ってしまう』という行動で対処しているものの、多分相手側の印象は悪いと思う。 「あのときは、確か油ものの料理をしていたから・・・」 などというその場しのぎの理由も乱用。 さらには副作用として、油ものの料理が上手いと思われる不始末。 ■12月18日 血液型診断はあまり信じていない。 かなり定着しているイメージとして、 A型は『心配性』 B型は『自己中』 O型は『おおらか』 AB型は『2面性』 などがあったと思う。 そんな中でもB型の風当たりが妙に厳しい気がする。 私はB型ではないのだけれど、 「B型ですよね」と、よく人から聞かれることがある。 (、、、、、、、、、ん?) 考えを巡らせつつ 「いえ、違いますが・・・」 と、言葉を濁す。 B型の人を非難するつもりはまったくないのだけれど、なんかB型の人より損をしている気にさせられる。 ■12月17日 ラーメンにのっている『海苔』が気になる。 どういう意味合いで具としてのっているのかはおいといて、なにより食べるタイミングがわからない。 パリパリの状態で1〜2枚のっているのだけど、もちろんすぐにふやけてしまっている。 かといって、ラーメンが出てきてすぐ海苔に手をつけるのはどうかとも思う。 (そんなに海苔が好きか!?) (そんなにパリパリの海苔が好きなのか!?) そんな周囲視線が気になってしょうがない。 そんな戸惑いをよそに、みるみるとふやけていく海苔。 今日もまた、ふにゃふにゃの海苔をため息混じりに口へと運ぶ。 ■12月16日 自分の髪を自分で切ることがよくある。 ハサミにもこだわりは無いので、タチバサミだったり文房具用だったりと、手近にあったものを使う。 見えない後頭部部分も含めて、テキトーに切ってテキトーに仕上がる。 今までの仕事のユニフォームに帽子があったこともあり、多少の切り残しは全然気づかれない。 そんなこんなで5年近く過ごしていることもあり、数年に一度知り合いの美容師の所にいく度に、 「なんか、髪が不思議・・・」 と、言われる。 どうやら髪のプロを悩ませる程の腕前らしい。 ■12月15日 シルバーシートも空いていれば普通の空席となんら変わりないと思う。 当然のごとく座りたいときは座る。 もちろん座るべき人がくれば、立って席を譲るのがマナー。 でも座ったときに限って、モーレツに眠くなることが多々ある。 (眠い・・・、でも寝てることを理由に席を譲らないのは印象が悪いな・・・。) 駅でドアが開くたびに、眠りそうな顔を上げて周囲を見回して、また目を閉じる。 多分電車に乗り慣れていない田舎者にみられてると思う。 まあ、実際その通りなので、そこは気にしないことにしたい。 ■12月14日 数年ぶりに西表島から本州にもどってきた。 人だらけの街並みの中、おのぼりさんのようにキョロキョロと周囲を見回してしまう。 都会の雑踏にひしめく看板と乱立する建物群。 「モスバーガーの看板、赤色から緑色に変わったんだ、、、。」 そんな感動混じりの私のつぶやきも、 「緑モスができたんだよ。」 と、普通のトーンで返される。 僅か数年で浦島太郎状態。 『れみおろめ』という単語が謎のままで終わった一日。 ■12月13日 当番制で、食事を作っていたことがある。 その日作ろうと決めたメニューは、どちらも初挑戦で『ミミガーの和え物』と『玉ネギとタマゴのオムレツ』。 和え物はとりあえず出来上がったものの、オムレツが大失敗。 最終的には、スクランブルエッグに近い形状のものが、フライパンの上でジュウジュウと罵声を投げかけてくる。 (さて、どうしたものか・・・。) 結局、ミミガーの和え物をフライパンに放り込み、ネギやカツオ節など、あるものを片っ端から加えた結果、『ミミガーちゃんぷる丼』が完成。 そして意外にも好評。 「これ、うまいっすよ!」 (・・・・・・・・・。) 「ミミガーをこんな食べ方したの初めてですよ!」 (・・・・・・・・・・・・・・・。) 予想外の料理に、次々と投げかけられる賛辞。 微妙な苦笑いが隠せない。 ※この日まで他の場所で3年程ブログを毎日更新していました。暇な人は探してみて下さい。 ■12月12日 以前、『自己中』と言われたことがあった。 人の視線を気にせずに、好きなことばかりを自分の思うがままに行動する。 基本的に自分の行動だから、他人は関係ないし迷惑をかけるつもりもないのだと考えていた記憶がある。 今、冷静に考えてみれば、他人に『自己中』と言われた時点で既に迷惑はかけていたのだと思う。 人と関わらないことが、迷惑を掛けない近道だと考えていた数年前。 今は逆に、人に頼っても相手に迷惑と感じさせない術を考えている自分がいる。 人の考えの裏を突くことを楽しんだりしている私には極めて難しく、多分間違っているのだと思う。 ■12月11日 スピリチュアル(精神的)な話が好きな人が身近にいる。 そういった話は嫌いではないので話を聞くのだけれど、そういう話をする人は、妄信的に自分の考えを『絶対』なものとして話を進める傾向があるのだと思う。 精神的なことなので、良くも悪くも間違いとかは特に存在しないのが気楽なところ。 微妙につじつまが合わなくなっているような気がするものの、それを言葉で表現するのが難しい。 頭の中で相手にわかりやすく言葉をつむぐ間、気がつくとまったく違う方向へ話がそれていることもある。 その場合、前の会話に戻す言葉を新たに頭の中で組み立てて、自分が導き出した結論へと強引に引き込む方向へ考えを巡らせる。 自己中同士の会話は、終始折り合いがつかない。 ■12月10日 携帯電話の迷惑メールが非常に多い。 どういうところでアドレスが流出しているのか、どういう仕組みで送られているのか、同じような出会い系のメールが、1日に10通以上入ってくる。 『ウグイス』の鳴き声に設定していたメール着信音が、色々なタイミングで頻繁に鳴き続ける。 「ウグイスは和みますね。」 「ウグイス、よく鳴きますね。」 「トリ、、、鳴いてますよ。」 「さっきトリ鳴いてましたよ。」 「トリも結構うるさいですね、、、。」 ウグイスの名誉の為にも、そろそろアドレスを変更しようと思う。 ■12月9日 特に用事がなくてもコンビニなどの手ごろなお店に、ふと立ち寄ることがよくある。 そんなときに何気に選んでいる食べ物が、昔、おじいちゃんの家にあったものと酷似してきていることに気づく。 『ポテトチップ』から『柿の種』へ、 『おかずパン』が『バームクーヘン』、 お茶受けは『おまんじゅう』、そしてフルーツに『バナナ』。 知らないうちにおっさん化が進んでいることに、軽くショックを受ける。 無意識に頭の中で考えていたキーワードは、『健康』『無難』『無駄なくお腹いっぱい』。 せめて『ルマンド』とかを選ぶ、センシティブなおじいちゃんを目指したい。 過去の『ヒトリゴト(日記・コラム)』 ▼バックナンバー ▼その他の項目 |
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