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■11月30日

いつの間にか眠ってしまった夜。

(寝つけない、、、。)

気がつけば約1時間ぐらいの周期で目が覚めてます。

(寝つけない、、、それは、、、電気がついているからだろうな、、、。)

明確な理由がわかっているのに行動が伴わないのは、それなりの理由があります。

電気のスイッチが部屋の入り口にしか無いのが悪いと思います。

布団から出られないくらい部屋が寒いのも悪いです。

眠気は正常な判断をさせてくれません。

省エネが叫ばれる昨今、明け方まで煌々と無駄に私を照らし続ける明かり。


地球にも私にも優しくない夜。




■11月29日

探し物が全然みつけられません。

もっとも『探し物』である以上、見つかりにくいことが必然だとは思います。

目の前にあったら、それはもう『探し物』ではなくて単なるモノだと思います。

そして往々にしてモノがみつからない時は、大抵『イザというとき』だと思います。

何が言いたいかというと、机の上は常に整理するべきということだと思います。


書類系統は特にタチが悪くて困ります。




■11月28日

気がつけば部屋の毛布が毛玉天国。

白い毛布に白い毛玉がびっしり。

先日、外から戻ってきてコートのまま力尽きるように毛布にくるまって寝たら、服に毛玉が付きまくってました。

凄く付いていたわけではないのですが、ほどよく付いていたみたいです。

いちいちとるのが面倒だったのでそのままにしていたのですが、茶色のコートに白い毛玉は結構目立つらしいです。

「外雪降ってるの?」
と言われたときには、さすがにとろうと思いました。


(まぁ、これくらいなら、、、)
という私の妥協は、世間一般には通用しないことが多いです。




■11月27日

肉体の衰えを感じることの一つに『視力』があります。

もっとも徐々に徐々に弱くなるので、通常実感するほどではないです。

日本は視力の悪い国世界一としてギネスに認定されているだけあって、例に漏れず私も目が悪いです。

ただ私の場合、自分の目が悪いことを知らずに数年間過ごしていただけに、メガネをかけた今、その実感がやたら大きいです。

ショックを受けるくらい自らの衰えにガッカリします。

いっそのこと目が悪いことに気づかないまま、ぼやけた世界にいたほうが良かったとも思います。

そんな日々の中、お祭りで浴衣姿の女性たちをハッキリみることが出来て心からメガネに感謝したことも記憶に新しいです。


フィジカルな衰えもメンタルな欲望には影響しません。




■11月26日

レクター博士に追われる夢をみました。

(これなら絶対逃げられる、、、。)
と考えつつも、気持ちの奥では『レクター博士に敵うわけがない』という先入観が常にありました。

様々な策謀を企てて逃げ延びようとするものの、最終的には絶望的な気分にさせられます。

さすが夢。

運が良かったのは捕まる直前に目が覚めたことです。


初冬の肌寒い朝、目覚めは寝汗でビッショリ。




■11月25日

ドラマを見ながら途中で寝てしまうことがよくあります。

面白いと評判のドラマでも寝なかった試しがないです。

決してドラマがつまらないとかではなくて、ただ純粋に眠くなります。

好きなときにPCなどで見るぶんには眠くならないので、時間的な問題だと思います。

どうやら21時以降は身体を動かしていないと眠くなる体質になっているらしいです。


知らぬ間に体質は昼ドラ向きです。




■11月24日

財布の中身を気にしないほうです。

こう言うとちょっとお金持ちっぽく聞こえなくもないです。

でも、私の場合はお金が入っていないことのほうが多いです。

さっき本屋でレジを打ってもらった直後に、財布の中の危うさに気づいきました。

文庫本代630円。

財布の中身は573円。

『危うさ』というより完全に『アウト』でした。


「、、、、、、すいません、お金が無かったです。」


ここ数ヶ月で3回目の失敗という、相変わらずの学習能力の無さ。




■11月23日

業者から部屋の電気コンロに不具合があるという旨の連絡があった。

若干型が古いらしく、誤動作するらしい。

外出時に勝手にスイッチが入って火事にでもなったらかなわない。

でも正直な話、この部屋に燃えて困るようなものはあんまり無いことに気づいたりもする。


ただ、たとえ燃えカスでも見られて困るものはあるような気はする。




■11月22日

夜、冷え込む時期になってきました。

眠る直前に熱いシャワーを浴びて、湯冷めしないうちに布団の中に潜りこみます。

そうなると、もう朝まで布団から出たくないです。

でもそんな寒い日に限って、妙にトイレが近くなったりもします。

生理現象を極限まで我慢してみる不毛な時間。


睡眠時間を削ってまで、『布団の中』というお手軽なぬくもりに固執するひととき。




■11月21日

「オトコってバカだよね、、、。」
というセリフをよく耳にしてきました。

確かに一般的に、女性と比べて男性はバカだと思います。

かなり幼い頃から、男は女に呆れられてきていると思います。

成績がどうこうとかではなくて、根本的に頭が悪いのだと思います。

最近このセリフを聞く機会に恵まれました。


飲み会の席で、今まさに陰毛に火がつけられるとき。

そこへ登場する女性陣。

「あっちーーーーーー!!!!」
と叫びながら股間を押さえて転げまわる男。


そう言われるのは至極当然といえます。




■11月20日

車の運転は好きですが、あまり得意なほうではないです。

なので運転の際はちょっとくらい緊張していたほうがいいです。

調子に乗って事故ることだけは避けたいです。

運転中は無意識にも目にチカラがはいってます。

慣れないメガネの着用も手伝ってか、眉間の奥のほうが妙に疲れます。


目の疲れというよりは、精神的な脳の疲れなのだと思ってます。




■11月19日

気流の乱れとやらで、ヒコーキが突然大きく揺れたときのこと。

奇しくもCAの皆さんが乗客に飲み物を配っているとき。

機内はジュースをこぼした人たちで、ちょっとした賑わいでした。

よりによって私は熱々のコンソメスープを飲んでいました。

(熱っ!熱っ!?!!?!)

コント並みの衝撃とリアクション。


デジカメの手ブレ機能とかを機体に取り入れるべきだと切に願いたいです。




■11月18日

朝、西表島を高速船にて出発。

ヒコーキは一回那覇に経由して、電車と新幹線を経て最終的に静岡の事務所で13:30から仕事。

この一分の隙も無いカツカツの計画は、飛行機の遅れによって早くも頓挫しました。

11時に羽田空港のハズが、私が11時の時計表示を見上げた場所は何故か那覇空港でした。

(計画が、、、。)

ここから何をどうやって取り返せというのか?

分岐の無い細い一本道の入り口を塞がれた気分。

そして連鎖していく時間の遅れ。

最終的に事務所に着いたのは17:40。

今後の旅行は、時間設定を2倍くらいに余裕を持たせることにします。

ちなみに今日は時間経過が早すぎて、旅行をしたという気分に全くなれませんでした。


感覚的には『ちょっと忙しかった一日』。




■11月17日

旅先では邪魔な荷物でしかなかった厚手のコート。

西表島は暑かったです。

28℃という過ごしやすい気温でしたが、日差しと湿気で体感温度は30℃をゆうに超えていたと思います。

エメラルドグリーンの海に足首まで浸かりながら、真っ白の砂浜を歩く心地よいひととき。


でも手にはコート。




■11月16日

若干無謀な旅に出発。

明後日の午後には戻っている予定です。

時間的にかなりのハードスケジュール。

詳しい旅の内容は後日暇があれば、やけくそ気味に書き綴ってみます。




■11月15日

子供の頃、自分のことを全く信じていなかった記憶があります。

テストの時とかも、
(これが正解だと思うけど、自分の考えが当たっているハズないから、書き直さなきゃ、、、。)
と、いった感じでした。

授業とかで自然に身についた知識はまったく信用できませんでした。

小学生と中学生の頃が特にその傾向が強かったです。

徐々にその傾向は薄れていったものの、結局高校生あたりまで引きずってました。

出来の良い兄姉の下、無意識に劣等感のカタマリのようになっていたのかもしれません。


もしくはトラウマになるほどの、消された記憶があるのだと思います。




■11月14日

机の上が書類でいっぱいになることがあります。

ひどいときはPCのキーボードの上まで書類が侵食してしまって、もうどうにもならなかったりもします。

「机の上をキレイにすると、仕事がスムーズに進むよ。」
というような言葉を投げかけられたことがあります。

場合によっては
「机の上が汚い人は仕事が出来ない人だ。」
というような極論を言う人もいます。

(それはわかっている。わかっているんだ、、、。)


机の上をキレイにしてから仕事を始めるべきと思う反面、仕事をしないと机の上が片付かないというジレンマ。




■11月13日

部屋に戻ると結婚式の招待状が来ていました。

(・・・・・・またか。)

年末に向けて怒涛のイベントラッシュ。

(このバランスの悪さはなんなのだろう。)

ちょっと前までは、遠く離れた場所にいることを理由に全て断っていたのですが、今はそうもいかないです。

決して実家付近にいるわけではないのですが、何故か行動範囲内として認識されているらしいです。

招待状にも、
『今だったら、、、』とか『今回は、、、』とか、
細かいジャブでの圧力が見られたりもします。


とりあえず、誘われるうちが花と考えて片っ端から出席しておくことにします。




■11月12日

自分のイビキの音で目が覚めめした。

初めて自分のイビキの音を聞いた気がします。

口の奥が振動することによって生じる微細な感覚。

その振動を求めて、あえて自分の意思で実行していたことさえもハッキリ憶えています。

「イビキをかかないよね」
と言われていただけに自分でも意外でした。

でもそれ以上に、ノドを開け閉めすることで調整できるメカニズムまで鮮明に憶えていることに驚きました。


寝起きなのに一気に目が冴えたほどの衝撃。




■11月11日

昨日から雨が降ったり止んだりの天気。

普段は自転車で行動しているので、雨対策にカッパを常に持参しています。

コンパクトにまとまってアウトドアにも使えるお気に入りの一品。

実はまだ一回も使ったことが無いです。

今日こそは今日こそはと、カバンの中で出番を待っている雨ガッパ。

雨は降ったり止んだり、ときおり激しく降ったりとせわしない。

そんな中、1日に朝、昼、夜と3回は外に出ているハズなのに全く雨に降られてません。

我ながら見事な晴れ男ぶりだと思います。


願わくば、修学旅行の時にイキオイで買ったコンドームのように、年単位で使用しないままにならないよう気をつけたいと思います。




■11月10日

『うっすら』という言葉を変換すると『薄っすら』か『薄ら』と表示されます。

『うすっすら』とか『うすら』とか読んでしまいそうで、すごく気持ちが悪です。


かなりどうでもいいことですが、妙に納得がいかない気持ちになります。




■11月9日

初見で妙に気になってしまう異性に会うことが稀にあります。

もちろんその人に花があるからなのだと思います。

でも冷静に分析してみると、単に『過去に出会っている誰かに似ているから』という理由だったと気づくこともあります。

何故気になるのかがわからないうちに錯覚して恋におちてしまうのも、それはそれでいいとは思います。

誰かに似ていることに気づいても、それが誰なのか気づけないことも多いです。

『誰かに似ているから』という理由に気づいた上で、それが『昔近所に住んでた電気屋のおばちゃんの顔だった』などという衝撃的な事実に気づいてしまうこともあります。

思い出せたという爽快感と引き換えに、急激に冷めていく恋心はもう止めることが出来きたり出来なかったり、、、。


何かを知るということは、同時に何かを失うことなのだと改めて思います。




■11月8日

遠出の用事が入ると、せっかくだから他に何かできないかと、ついでの予定を立てることがよくあります。

我ながら貧乏性だと思います。

近場の観光スポットの調査などに余念が無いです。

ここぞとばかりに久しぶりの近隣友人との連絡を取ってみたりもします。

こっちの都合を強引に押し付けるカタチで計画を進めていいきます。

休む暇なく一気に駆け抜けていくイメージ。


場合によってはその場を満喫しきってしまうよりも、やや名残惜しく感じるほうが次回の楽しみに繋がることを計算してみたりもします。




■11月7日

中学校の頃、家から歩いて2分くらいで通学出来ました。

勝手知ったる自分の学校といった感じで、当時一度だけ深夜のプールに忍び込んだことがあります。

真夏で暑かったとか、寝苦しかったとか一般的な理由をたてまえにプールへと向かったあの夜。

今と違って当時はセキュリティなんてほぼ皆無。

やろうと思えば誰でもできることなのですが、一応やってはイケナイことなので、次の日にクラスのみんなに自慢が出来るという想いが強かった気がします。

「誰もいないプールってサイコーに気持ちがいいよ!」
とテンションも高く話すひととき。


実際は思いのほかつまらなくて、数分で家に帰りました。




■11月6日

コートを衝動買いしました。

前々からコートは必要と思っていたのですが、2万円以上の品を5分程度で購入決断したのは久しぶりです。

服を買うときの決め手として、『丈夫さ(持続性)』『デザイン(有用性)』『値段(分相応)』を総合的に見ます。

基本的な優先順位は上記のままだと思います。

今自分が着ている薄手のセーター(2990円)が、既に8年目の優秀選手だったということにも改めて気づかされます。

それにひきかえ、Tシャツや靴下などの特に消耗品の感覚が強いものは、優先順位が逆転している気もします。


『価格に適した持続性』ということで、臨機応変に自身を納得させているのだと思います。




■11月5日

学生の頃、合コンとか行くことがありました。

こういうときにお酒が飲めない体質が厄介です。

そんな中で生まれた技が『酔っていないのに酔ったフリ』。

あえて弱っている部分を見せることで生まれるチャンスも(稀に)あります。

ただ相手から見て『酔っている状態であること』が必要なだけに、イザというときに動きにくいという欠点もあります。

寝たフリと同じで、起きる(醒める)タイミングが困難。


後々まで好印象を残そうという青臭い考えの結果、何も出来ず何も残らないという不毛さがうかがえます。




■11月4日

普段ウソをつき慣れていないと、不測の事態にうろたえてしまう傾向があります。

言い間違いを訂正されたときなどが、それにあたります。

別に何も悪くないのに、ウソをついたときのように声が大きくなったり早口になったりと不自然極まりない状態になります。

普段からウソをついている人は、不測の事態にも自然なトーンで対応できるのだと思います。


ウソが必要の無い会話の中で、普段からウソをついておけばよかったと考えてしまう矛盾。




■11月3日

近場の銭湯に行ってきました。

久々に長湯をしたせいか、湯上りに軽い立ちくらみ。

視界が真っ暗な危険な状態。

僅かに残る意識の中、『全裸で倒れるわけにはいかない』という強い想いだけが、プチ惨事をまぬがれたのだと思います。


もちろん倒れたとしても、それはそれで面白かったで済ませます。




■11月2日

数日前からパソコンのファンがぶぉーぶぉーと言い始めてます。

なんの不満があるのか、ウルサイことこの上ないです。

パソコン構造にあまり詳しく無いうえにノートパソコンでもあるので、どうすればいいのか全くわかりません。

以前スピーカーがおかしくなったときに、軽くバシバシ叩いてみたことが原因ではないかとも思います。

叩いて直す昔の家電品に比べて、最近の電化製品はデリケート過ぎると思います。

ぶぉ〜〜〜〜〜
(・・・・・・・・・・。)
ぶぉっ、ぶぉ〜〜〜〜〜
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。)
ぶぉぉぉ、、、、ぶぉっ、ぶぉうぉうぉ〜〜
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。)

不思議と何かを訴えているようにも聞こえます。

まるで助けを呼ぶような悲痛な叫び。


とりあえず放置して様子をみます。




■11月1日

「あんた前世でよっぽど悪さしてきたんだろうね、、、。」
という慰め文句を使う人が身近にいました。

当時この言い回しを気に入っていたらしく、結構な頻度で言われた記憶があります。

この言葉の良いところは、遠まわしではあれど『自分のせいではない』と思わせてくれるところにあります。

その他にも、
「きっと前世は救いようの無いワルだったんだよ。」
とか、
「絶対前世で惑星を破壊とかしてるよね。」
などと、
同じ系列でもバラエティに富んでいたセリフの数々。


オカルト系はまったく信じないのですが、『前世』の存在だけは自分の保身のためにも信じてみたい気にはなります。




■10月31日

クラス会や同窓会、結婚式等の出席確認返信用ハガキは、締め切りギリギリまで出さない傾向があります。

ほぼ返事は決まっているハズなのに、何故かいつまでも返信出来ずにやり残してしまいます。

”面倒くさいから”とか”忙しいから”とか言いがちですが、マル書いてポストに入れるだけのものに、忙しいも何も無いと思います。

もちろん当日まで予定が未定だとか、本当にわからない状況の可能性も無いとは言いません。

でも幹事たちに言わせれば、本当にいい迷惑だろうと思います。

一般的にポストに行くことが疎遠になっていることも関係していると思います。


グダグダと能書きをたれる前に、明日にでも投函することにします。




■10月30日

人間の持つ三大欲が置き換え可能だという話をききます。

貧乏学生時代、腹が減って泣きそうなときにこの話を思い出して、とりあえず寝て空腹を誤魔化したことがよくありました。

眠くなれば食欲も無くなるということを、このとき身をもって実感した記憶があります。

一度眠ってしまえば眠気が続く当分の間は『食欲』が抑制されるのがありがたかったです。

もちろんもう一つの欲、『性欲』でも置き換えることが出来たと思います。

でもその場合は、効果が長続きしない上にリバウンドが激しく、あんまり実用的じゃなかった記憶があります。

そんなことを繰り返していたこともあって、学生時代は上下25kgくらい体重差の波がありました。


しかもその体重変化に自分で気づけないほどに、周りが見えていなかった時期でもあります。




■10月29日

部屋に戻ると同窓会の通知が届いてました。

中学時代のものでした。

幹事の名に旧友の懐かしい響きを感じるひととき。

自主的に幹事を請け負って、同窓会をひらく彼らを見る度に思うことがあります。

(高校時代の同窓会をやっていない、、、。)

数年に一度のペースでコンスタントに行われている中学時代の同窓会に比べて、高校時代の同窓会は皆無。


(放浪癖のある私なんかを幹事にするから、こういうことになる、、、。)

責任転嫁は処世術の一つです。




■10月28日

風邪薬の『ベンザブロック』が気になります。

初めてその名前を聞いたときから思っていたのですが、トイレ関係の薬のイメージが消えません。

まず語感から連想される『便座ブロック』。

便座がブロックされるなんて、考えただけでも大変です。

駆け込んだトイレで嘆いているさまが見えてきそうです。

場合によっては、すごくガックリくるシチュエーションだと思います。

もう一つのイメージとして『便 the ブロック』。

何が『the』なのかよく分からないまでも、とにかくブロックしてくれそうな気迫が伝わってきます。

凄く”下痢止め”っぽいイメージです。

ベンザブロックのCMが流れる度に、いつも一人でそのことを考えてます。


周囲のみんなに同意を求めてみようか迷っている問題の一つです。




■10月27日

トイレと風呂場で蚊と遭遇することがよくあります。

その度に退治を試みるのですが、場所が場所だけにナカナカ難しいです。

場所的に軽快に動けるものでもないですし、むしろ動きが制限されていることのほうが多いです。

そもそも何処から入ってきているのかが疑問です。

どちらも水場だから、普通にそこから生まれてきてるという考え方もあります。

でも水場とはいっても、常に同じ水がそこにあるわけではないですし、特にトイレの水なんかは1日に何度も新しい水に入れ替わっていると思います。

バスルームも基本シャワーなので、数時間後には完全に水気は無くなっています。


そんなどうでもいいことに想いを馳せつつ、今日もシャワーを蚊に当てて排水溝へ流し込む作業に没頭します。




■10月26日

考え事をしていると、いつの間にか結構な時間が過ぎていることがよくあります。

学生の頃は特に、興味の無い授業中の過ごし方として重宝してました。

バイトの作業等に慣れてきたときも、そうやって時間を潰してたことがよくありました。

もっともそのせいで、本来すべきことがおろそかになりがちなのですが、そこは欲のままに興味を向けてしまうのが人のサガなのだと思います。

この行動は突き詰めていくと、1度で2度オイシイというお得感を求めている行為でもあります。

『ながら族』などという言葉で総称され、且つ敬遠されていた私たちの世代。

でもいつの時代も、人はそういう便利なものを常に求めているのだと思います。

ただ大多数が両立した結果を出せていないのが致命的だとも思います。


そして私も例にもれず、興味が多方向に向き過ぎて実になっているものがありません。




■10月25日

セコムが常備されていた職場に勤めていたことがあります。

仕事が終わって最後に部屋を出る人が、セコムのボタンを押すのが日課でした。

その後は部屋の中で何かが動けば、ブザーが鳴って警備員が駆けつける仕組み。


ある日の残業中、突然部屋の電気が消えました。

その後『ピ!』というセコムの稼動音。

(あ!、、、まだ、、、いるのに、、、)

誰かが気を利かせてセットしていったらしいです。

顕微鏡を覗いた姿勢のまま固まる私。

(・・・・・・。)
(・・・・・・・・・。)
(・・・・・・・・・・・・・・・。)

(ん?、、、、、、動かなければセコムは発動しない!?)

(、、、、、、だから?)
(、、、、、、ずっとこうしていろと?)

(・・・・・・。)
(・・・・・・・・・。)
(・・・・・・・・・・・・・・・無理。)


とりあえずゆっくり動いてみることに。

幸いキャスター付きのイスだったので、数ミリ単位でのスライド移動を試みてみました。

よく考えれば、ドアを開けなければ部屋から出られないので、セコムの警報は避けられないのですが、非常時には冷静な判断が出来なかったのだと思います。

もっとも結果としては、10センチも移動しないうちにセコムが発動しました。


警備システムって凄いなと思ったあの日。




■10月24日

ネットで本場のチャンジャを購入しました。

夜、お腹が空いたので、何も考えずにチビチビと食べ始めました。

お腹が落ち着くまで食べ続けること約30分。

強烈にニンニクが効いていたチャンジャ。

そして人の嗅覚は慣れるもの。

次の日職場で思いっきり指摘されてしまう迂闊さ。

(自分ではまったく気がつくことが出来なかった、、、。)

そんなわけで、昼休みに生まれて初めてブレスケアを買ってみました。

口臭予防、、、。
早速ザラザラと口の中に放り込みます。

ただ、もともと自覚症状が無いので、効いていのるかは全然わからないという実感の無さでした。




■10月23日

先日に引き続きタイカレーを食べます。

タイカレーの鶏肉

さすがにタイ人が作ったものなだけに、本場のレシピが忠実に再現されています。

写真右下のコブミカンの葉等のハーブ系はもちろんのこと、特筆すべきはこの鶏肉の切り方だと思います。

肉の中央にそれなりに太い骨がついています。

これは鶏をさばく際に、骨ごと肉をぶった切っていることが原因です。

タイで食べていたときは、この骨を邪魔くさくさえ感じていたものの、今となっては味があってイイとすら思えます。

実際に骨部分からの旨味も影響はしているのだとは思います。

でも多分、元々は”面倒くさいから”ということが起源だとも思います。

失礼な話に聞こえるかもしれませんが、タイの方たちには少なからずともそういった傾向があると思います。


また、そういう細かいところを気にしないところが、すごく自分に合っていたのだとも思います。




■10月22日

タイ人のつくった本場のタイカレーを大量にもらいました。

香辛料が効いていて抜群に美味いのですが、やはり人によっては受け付けない人も多い様子です。

最初の一口を食べた感覚、
(あ、、、懐かしい、、、。)
そして、同時に込み上げてくる妙な切なさ。

私にとって、想い出の味なのだなと思います。

タイに居た時は、それほど好きでもなかったタイカレー。

ココナッツミルクの甘さが微妙に日本人の好みを避けている気もします。

タイの田舎ではあんまり食べないちょっとリッチなタイカレー。

なによりヤシの木によじ登ってココナッツをとってこなければならないのが厄介です。

それでも日本人の私に気を使ってか、それなりの頻度で食卓に上がってきていたと思います。


最終的には私がココナッツを採る係になるまでになっていましたが、
「今日はココナッツ採ってきてね。」
と言われる度に、
(、、、、、、厄介。)
と心の中でぼやいていたのを思い出しました。




■10月21日

寒さを感じる時期になってきました。

とくに夜は寒いです。

本格的な冬はまだまだというのに、先が思いやられます。

寒さ対策のグッズの購入も考えますが、私の場合このくらいの時期に買ったものが実際の冬に役に立った試しがないです。

細かいグッズよりも、コタツのような冬の季語的な大きなものを買うほうがいいとも思います。

ただ、直ぐに使用しないものを買うことに対する不安感。

そして、おでんやミカンを大量に買い込むことには何の疑問も抱かない無計画さ。


我ながら今日も刹那的に生きているのだなと思います。




■10月20日

牛めしの松屋に行ってきました。

混んでいるわけでもなく、空いているわけでもなく、程々の客の入りよう。


一人でカウンター形式の場所に座る時は、両どなりに人が居ない席を選ぶ傾向があります。

でも今日はそういう席が空いていませんでした。

仕方が無いのでテキトーに近場の席に。

すると5分もしない内に、1人2人と食べ終わって続々と店を出て行く客たち。

気がつけばガラガラの店内に、私と私の隣のサラリーマン風の男性と、テーブル席のご家族連れのみ。

私と隣の男性が友達みたいな構図になっててすごく気まずかったです。

(他人なのに、、、。)

お互いにその不自然さに気づいているものの、カウンターのイスが床に固定されているので、その絶対的な距離は決して縮められないもどかしさ。

単に席を移動すればいいのですが、ワザワザその行動をとることを、お互いに敬遠している空気。

気がつけばお互いに上半身のみ反対側を向けつつ食べてました。

ちょっとケンカしてるみたいにも見えなくもないです。


不思議なことに、パッと見て『他人』という選択肢が出てこないような雰囲気がそこにあります。




■10月19日

1日の予定に悩むことがあります。

例えば明日は休みなのですが、何もやることがないです。

何もしないで過ごすのはさすがに不毛すぎます。

かといって、あてもなく徘徊しても経験上徒労に終わる可能性が高いです。

そんなときに、何かしら実になったと思わせることができるポイントがあれば、とりあえずそこに行くだろうと思います。

結果的に不毛だったとしても、本人がそこに気がつかなければそれはそれでイイとも思います。


そこをさらに具体的に追求していくことで、マネー的なものが掴めそう気がして物思いにふけって1日を過ごしてます。




■10月18日

トイレの壁に一点の血痕があります。

数日前にヤツを殺ったときに付着した跡。

白い壁紙が血を吸ってしまっていて、もう落ちそうに無いです。

『私はここで殺されました、、、。』

そんなヤツの無念が、今も白い壁で存在を主張しているようにも感じます。


数日前に蚊を叩き潰したときの跡。




■10月17日

あと少しで何かが分かりそうなときがあります。

(ここがこうなって・・・)
(仮にこうなら、こうなるから、、、。)
(こうすると、、、、、、)
(、、、、、、ぁ!)
(イヤ、違う、でも、こうだから、、、)
(じゃあ、こうすれば、、、、、、。)

高揚していく心。

そう、こんなあと少しの時にいつも邪魔がはいります。

そうなると、もう胸ときめいていたあの頃には戻れません。


たまに真剣に物事を考えていると、こういうことがよくあります。




■10月16日

とりあえず「そうですね」と答えてしまうことが多いです。

この言葉は『賛同』の意思をとるとき以外にも、発音によっては『考え中』の意思表示でも使えるから便利です。

言いながら後の返事を考えることもあります。

ひどいときには言った後に、何を言われたのか考えることもあります。

そんな生返事をしていると、後の返事のつじつまが合わなくなることもよくあります。

こういうことが続くと、話しかける側もコチラの返事を聞き流しているという傾向もみられてしまいます。


気がつけば『会話』の流れを完全に無視して、単に自分の言いたいことを交互に言い続けていたりもします。




■10月15日

男同士で集まると、十中八九オネーチャン(女性関係)の話で盛り上がります。

不毛だと思いつつも、結局男はいくつになってもそういう話が好きなのだと思います。

何が面白いのかというと、それぞれ個人個人の経験から悟っているかのような確信や信念が垣間見えるからじゃないかと思います。

経験からくる言葉は例外なく重みがあって説得力が強いです。

そんな中でも、お互いに譲れない強い想いがぶつかり合って、話は一気にヒートアップ。

無駄に巻き起こる数々のブレインストーム。


脳内から劇的に生み出された言葉たちは、悲しくも何も生み出すことがありません。




■10月14日

最近激減している運動量に反して、何故か食べる量が倍増している気がします。

夕食に、ごはんを一合半食べてお菓子を食べてカップラーメンを食べてアイスを食べてようやくお腹がおちつきました。

この愚鈍な満腹中枢が、やがてありえない腹回りを造り出すのだと思います。


ダイエットに必要なのはフィジカルな要素よりも、むしろ若かりし頃の敏感さを満腹中枢に呼び戻すことではないかと思います。




■10月13日

全力で動いているときに、オーラ的なものが何か出てる気がします。

楽しいときでも、苦しいときでも、ゆとりを感じているときでも、いっぱいいっぱいなときでも、想いが真剣であれば、同じようなものが出ている気がします。

先を見越して安心しているようなときにはオーラは出ていないと思います。

寝ているときも出ていないと思います。

慣れて油断してしまっているときも出ていないと思います。

不確定な先のことを考えているときは若干出ている気がします。

その『先』が長い期間であればあるほど出ている気がします。

もちろん『考える必要のあること』であることが前提で、必死さというか緊張感のようなものがないと出ない気がします。

モテる要素と密接な関わりを感じるこのオーラ。


自分の中でモテオーラと定義して、今後研究していくことにします。




■10月12日

一昨日は夜更かしをしたので、眠ったのが午前3時頃でした。

もちろん次の日は通常通り7時に起きる日常。

その日の夜、何故かまったく眠くなりませんでした。

極端に睡眠時間が不足しているハズなのに、まったく眠れないまま時刻は深夜の2時。

いつのまにか眠れたと思ったら、朝の6時前に勝手に目が覚めました。

特に眠くもならずに過ごす日中。

そして今(夜11時)になってようやく眠気が襲ってきました。


私の場合、おっさんの筋肉痛並みに睡魔も遅れてやってくるらしいです。




■10月11日

靴下を捨てるタイミングが難しいです。

もちろん穴が開けば捨てるのですが、穴が開く前触れの、生地が薄くなっている状態になっていると、ちょっと悩みます。

『まだ履ける』という有用性がある反面、履いている途中で穴が開いてしまう危険性もはらんでいます。

穴が開いている靴下を履いているのを他人に見られてしまうと、メンタルな部分で深い傷を受ける可能性が高いです。

捨てた後の代わりの靴下をまだ買っていないこともあって、危険な橋を渡らざるをえない状況。

靴下の穴は心に穴を開けられる前兆でもあるのだと思います。


何をそんなに恐れているのか自分でも分かりませんが、無意識に幼い頃のトラウマか何かを記憶の底に封じているのだと思います。




■10月10日

快晴の青空に心地よい風。

長袖Tシャツ一枚で丁度いい、過ごしやすい時期。

季節はすっかり秋。

夏が終わったことを実感すると、やや物悲しさを感じる久しぶりの感覚。


よく考えたら、今まで南国に住んでいたので季節を感じる感覚がマヒしていたことに気づきました。




■10月9日

この前久しぶりにパフェを食べました。

甘いものは結構好きなのですが、今までパフェを食べる機会に恵まれてませんでした。

パフェを食べるには、一緒に食べる女性の存在が不可欠だと思います。


とりあえず一口。

「どうですか?」
「・・・・・・うん、甘い。」
「そりゃあ、パフェですから。」

思ったことをそのまま口に出してしまう迂闊さ。


グルメレポーターは凄いと改めて思います。




■10月8日

知り合いが沼津に居ることを最近知りました。

会う約束を取り付けて仕事が終わった足で、そのまま自転車で沼津駅へ。

お互いつもる話も盛り上がって、思わず話し込む楽しい数時間。

別れたのが夜の10時半頃。

(さて、帰って寝るかぁ、、、)
と、上機嫌で帰路につく道すがら。

目の前には鉄の格子。

(ここの自転車置き場って、夜はシャッターが閉まるんだぁ、、、。)
自転車置き場の前で立ち尽くすひととき。

自分の日常に余計なオチがつくと、結構うっとうしいです。

そんなオチはいりません。


結局朝までネットカフェに拘束された一日。




■10月7日

朝晩めっきり肌寒くなってきました。

布団から出るのがツライという程ではないのですが、布団の中が心地よい時期。

風が吹けば吹くほど、布団の中にいることに幸せを感じます。

やや冷たい風が吹く晴天の日中、顔全体に風を感じながら布団の中でぬくぬくとするひととき。

多分10代の多感期の頃から、この感覚に満足していた記憶があります。


昔から堕落の要素は持っていたのだと思います。




■10月6日

不意に女性と目が合うと、ちょっとドキッとすることがあります。

顔見知りとか初対面とか関係なしに、そういうのはあると思います。

と、つい最近までそう思っていたのですが、中には目が合ってもまったく心が揺れない人がいることに気づきました。

別にその人が、美人じゃないとか色気が無いとかタイプじゃないとかいう訳ではないです。

ただ興味があるかないかでいうと、多分ないです。


そこはあまり深く考えないようにしてます。




■10月5日

イカを大人買いしてきました。



イカコーナーに堂々と表記されていた店側のキャッチフレーズは、『日本のガム』。

日本人として初耳のフレーズ。


それはどうかと思う反面、何も知らない異国の人に言ってみたい気にもさせられるフレーズです。




■10月4日

中学校の頃、学校行事で『柔道大会』がありました。

別に学年対抗とか学級対抗とかではなく、単に無作為に2〜3人の対戦相手と試合をするというもの。

なにより授業と決定的に異なる要素として、女子ギャラリーの存在が大きかったです。

黄色い声援が、無意味に中学男子達の熱血を呼んだ柔道大会。

私の相手は切なくも、学年イチのモテ男。

(絶対に負けられねぇ、、、。)

そう意気込んで臨んだ試合。

そして黄色い声援の望むままに、王道ともいえる三枚目と化した私。


今思えば、あの場面はあれで正解だったのだと改めて思います。




■10月3日

昨日の今日で、早速自転車がパンクしました。

明らかに、兆に気づいていた時点で、何もアクションを起こさないでいたことが原因です。


『わかっているけどやめられない』とつぶやきながら日々を過ごす私に、『やめたところで避けられない』という経験も加わって、ますますダメ人間ぶりに磨きがかかっていきます。


そうやって人は常に自らを納得・正当化させる都合のいい理由を探しています。




■10月2日

愛用の自転車の後輪の空気の入りが甘い様子。

今日自転車に乗っていて気がつきました。

ワザワザ部屋に戻って空気を入れる時間も無いので、極力後ろに体重をかけないように前のめりで自転車をこぎます。

必然的に、常に立ち乗りの状態。

結果、予想以上に移動時間の短縮に成功しました。

そして思いの他、汗だくの状態です。

久しぶりにいい運動をした気もします。

パンクと隣り合わせのスリルが生んだ功罪。


最近運動不足なので、しばらくこのままの状態で自転車に乗り続けてみようと思います。




■10月1日

もともと何も無い私の部屋。

いつでも大の字で横たわれるフローリングの床。

そんな部屋で存在を主張している2大勢力が『観葉植物』と『扇風機』。

2日前くらいから一気に肌寒くなってきた昨今、『扇風機』の存在意義が悩ましくなってきました。

もう涼をとる必要性が感じられません。

ただ『扇風機』を収納してしまうと、思いのほか部屋が寂しいです。

『扇風機』を無くすことで逆に寒々しく変化する部屋。

本業を行わなくても存在意義を主張する『扇風機』。


私もいずれ、そうありたいです。




■9月30日

眠くなるのが早いです。

夜9時くらいに眠くなるときもあります。

もちろん迷わずに寝るのですが、必ず3時くらいに目が覚めてしまいます。

夜中に目が覚めても、起きようという気になれないから不思議です。

眠くなくても寝ようと思う不思議なチカラ。

結局ダラダラと布団の中で過ごして、朝方に眠くなるという悪循環。


「眠そうだね、寝てないの?」

翌朝、そんな問いかけをされることもよくあります。

「うん?あぁ、まぁ、、、。」

曖昧な言葉を返しつつも、確実に必要以上に眠っているという事実。


抜群に目が冴えていていいハズなのに、ちょっと眠そうにして振舞わなくてはいけないような気にさせる朝。




■9月29日

カナダに住んでいる友人から久しぶりに連絡がありました。

今、午前3時で眠れないから話し相手をして欲しいとのこと。

こっちはまだ夕方の6時だったので、スカイプにて一時間弱話すことしばし。



そういえば、海外在住で時差をまったく考慮せずに連絡をしてくるヤツもいます。

「今、コッチが何時だと思ってるんだよ、、、。」

そんなボヤキをものともしないあたり、多分知った上でのことなのだろうと思います。

でも、よく考えてみたら、ヤツがまともな時間に電話をかけてきても、やっぱりコッチの対応は変わらないような気もします。


結局は時間とか関係無しに、相手次第なのだと思わされます。




■9月28日

ファミレスの厨房でバイトをしていたことがあります。

肉を焼いたりフライを揚げたり、盛り付けを整えたりと、それなりに美味しそうなものが出来上がるマニュアル料理。

幼い頃は、レストランの料理は例えファミレスでも特別なものを感じていましたが、実際に自分が内側に入ってしまうと、かなり興ざめしてしまう部分が多々あります。


ピーク時の多忙な中で、トングからステーキ用の生肉が滑り落ちて床にベチャリ、、、。

肉を落とした本人はもちろん、その場にいた厨房の数人の動きが停止。

(・・・・・・・・・。)
(・・・・・・・・・・・・・。)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・。)

「使えないね、、、。」
「ゴメンゴメン。」
「新しいの出すわ。」

最初の一人が声を発するまでの僅か数秒、床に落ちた生肉を見つめながら一瞬の沈黙。

多分みんな、考えてはいけないことを考えていたと思います。


これはあくまで結果が良かった例の一つであって、裏方の判断は常に紙一重だったと思います。




■9月27日

所持しているトランクスタイプの下着の中に、シルク製のものがあります。

その摩擦の無さ加減が凄いです。

トイレで小用を足す時にちょっとベルトを緩めただけで、一気にヒザまでズボンがずり落ちてしまうほどの摩擦の無さです。

気づいたときにはもうヒザまでズボンが落ちてしまってたりします。

もっとも気づいても、瞬時に手を動かせる状況でもないです。

もちろん下がったズボンを直ぐに戻せるかというと、それも難しいです。

今まさにトイレに来た最大の用事を足している真っ最中。

矛先を無視してでも体裁を立て直すことを優先したとして、後々の惨状を考えるとマナー的にもどうかと思います。

大人としてのルールは守りたいです。

じゃあそのまま用を足しつづけるのかというと、それもどうかと思います。

もちろん大人として大切なものも守りたいたいです。

心安らぐハズの空間で渦巻く苦悩。


生理的な欲求を一時的に止めればいいだけなのですが、それは逆に大人として難しかったりするから大変です。




■9月26日

『枕を高くして眠れる』という言い回し。

安心して眠れるというような意味のニュアンスだったと思います。

昔の人は寝るときも床に耳をつけて、遠くから忍び寄る足音に注意を払っていたことから派生した言葉だそうです。

私の場合、枕を使わないほうがよく眠れる気がします。

外敵とか、寝首をかかれるとか、そういうのとは無縁の先祖だったのかもしれません。

もしくは枕を高くなんかしたら、真っ先に命を狙われるのではないかという不安に襲われる先祖だったのかもしれません。


そして、枕を低くして爆睡するダメな先祖だったのだとも思います。




■9月25日

今日スーパーに買い物に行っきましたが、結局何も買わずに出てきました。

基本的に財布の中には大抵数千円は入っているという認識があるので、買い物ではあまり金額を気にしません。

一回の買い物で使う金額は大体1500円くらいです。

今日は、レジの直前で財布の中に小銭しか入っていないことに気づきました。

会計をする前で本当に良かったと思います。

ただ、その後にカゴの中の商品を一つ一つ戻していく作業が虚しいです。


商品を戻す度に、周囲の目を気にして
「うん、これは、、、いらないかな。」
みたいな小芝居を入れてしまう、心の弱い自分の姿が垣間見えます。




■9月24日

週に1〜2回くらいの頻度で昼飯を食べに行く近場の中華料理屋。

そこの『海鮮あんかけチャーハン』がお気に入りで、行く度に注文します。

アツアツトロトロの海鮮あんが、パラパラに炒められたチャーハンと絶妙にマッチした珠玉の一品。

先日、いつものように海鮮あんかけチャーハンを注文し、一口食べた際に感じた、いつもと違う違和感。

よく見ると、あんの下に隠れているハズのチャーハンが、単なる白飯になってました。

(・・・・・・ん?!)
(炒め忘れたのかな、、、。)
(イヤ、それは無理があるだろう、、、。)
(ワザとか?!)
(・・・・・・・・・・・・。)

葛藤することしばし、厨房をチラ見するもコッチのことはまったく気にかけていない様子。

(これでは海鮮あんかけチャーハンじゃなくて、単なる海鮮丼だ。)

別に海鮮丼は嫌いじゃないですが、何かグレードダウンした感が納得いかないです。

心の奥にウヤムヤな感情を抱えつつも、周囲に客がいたことも考慮して、その日は何も言わずに店を出ました。

数日後、その店に貼られていたテナント募集の看板。

『別れ』はいつも突然で、心の準備をさせてくれません。


あの日の料理はチャーハンにすることすら戸惑う程の、ギリギリの経営状況が生み出した産物だったのだと思うことにします。




■9月23日

中学生の頃、イニシャルトークが流行った時期があります。

複数の友人たちに対して、秘密を維持したつもりで話せるのが良かったです。

また、イニシャルというヒントを与えることで、逆に相手をやきもきさせるという優越感もありました。

意中の人とか、噂の恋とか、男女間の話に多用されていたイニシャルトーク。

もっとも校内の人間なので、その気になればすぐに調べられるハズなのですが、ある程度話を知っていないと、聞いた時点では結構分からなかった気もします。

そんなイニシャルの中でも『W』と『F』はわかりやすくて別格でした。


今思えば、私の姉とかは『W』と『F』と両方だったのでイニシャルにする意味すら無かったのだろうと思います。




■9月22日

住んでいるマンションの自転車置き場が狭いです。

部屋数は20部屋くらいあるのに、自転車置き場は7〜8台程度の許容量。

しかも自転車の使用者が圧倒的に多いです。

例に漏れず私も自転車なのですが、置いてある自転車を極限までつめてよせてスペースをつくらないと置けないです。

ギチギチによせられた自転車たちは、そのまま後ろにスライド出来ない状態になります。

確実にペダルやカゴがお互いに引っかかっています。

ちょっと前に、無謀にも原付を自転車置き場に置いていった人がいたのですが、周囲の自転車たちに擦られて傷だらけにされて、いつの間にかいなくなってました。

日々苛烈する自転車の場所取り戦線。


面倒くさいので、最近は雨ざらしのポイントが私の専用スペースです。




■9月21日


今、冷蔵庫を開けると青唐辛子がゴロゴロしています。

一人暮らしの冷蔵庫はとても寂しいです。

冷蔵庫のもつポテンシャルを決して越えることのない中身。


言い訳をするつもりも誇張するつもりも無いのですが、数日前は唐辛子の量がもう少しありました。本当です。




■9月20日

「携帯のメモリーが消えちゃったから、電話番号を教えて。」
と、いうメールが来ました。

久しく連絡を取っていなかった友人にあてたメールの返信がこれでした。

正直な話、数年の間連絡をとっていなかったので、向こうから連絡がくることもなくグダグダな関係だったと思います。

ここで番号を再度教えることで、お互い頻繁に連絡を取り合うようになるかというと、決してそんなことはない気がします。

心の奥でほんの少しだけ期待したものの、現実なんてそんなものです。

番号を教えたメールの返信すら無いまま、既に数ヶ月。


一瞬でもユルい可能性を考えてしまった自分の心をいましめておきます




■9月19日

”カレーを盛れない”という、人生初のカレー失敗メモリアルデーを経験した先日。

初めてのツライことやショックなことがあったとき、『メモリアルデー』という言葉を使うと、何かどうでもいい気分になれたりもします。

そんな魔法の言葉を発見した嬉しさに、物凄いイキオイで増えていく人生のメモリアルデーたち。

駄目人間とはそういうものだと思います。


もちろん、どうでもいいことに使って、さらにどうでもいい響きにすることもできます。




■9月18日

たまに料理をすると、色々なことに気づかされます。

この前、久しぶりにカレーを作ってみました。

好きな食材をカレー粉と一緒に煮込むだけの、基本的に失敗する可能性の少ない料理の一つ。

思えば約8ヶ月前に静岡に引っ越してきて、まともにカレーを作ったのは今回が初めてでした。

もちろん、想像通りの出来栄えです。

ご飯を炊き忘れるなんてオチをつけるつもりもありません。


ただ、この部屋にはオタマが無かったという中途半端なオチはつきました。




■9月17日

『コーラを飲むと骨が溶けるから飲んではいけません』

子供の頃、親や先生にそうやって教えられてきた記憶があります。

とにかく『身体に悪い飲み物』というイメージを徹底的に植えつけられた気がします。

基本的に飲み物が直接骨に触れることが無いので、ありえない話ではありますが、結構な期間で信じていたと思います。

なにより炭酸のシュワシュワ感が、すごく骨を溶かしているっぽいです。

思い込みの激しい多感な時期に、悪意の無い嘘で子供を諭す『親』や『教師』たち。


今思うと、結構な頻度で騙されていたと思います。




■9月16日

食事は専ら一人でとることが多いです。

もちろん一緒に食べてくれる人がいないからです。

5割くらいは外食なのですが、一人で入りにくい店がどうしても出てきます。

その代表格が焼肉屋です。

鍋物屋とか飲み屋とかもそうなのですが、一般的にも焼肉屋が一番わかりやすい例だと思います。

一人で肉が焼けるのを見つめる状況が、端からみて切ないことが容易に想像できます。

でも正直な話、入りにくいのは最初だけで、結局は慣れなのだとも思います。


この際、一人ではやりにくいと感じることを片っ端からクリアしていきたいと思います。




■9月15日

最近クワを振ってません。

時々、無性にクワを振るいたくなるときがありっます。


乾ききった真っ白な地面。

クワを弾き返す程の強固な地表。

一振り一振りに全体重を込めてようやく地面にクワが突き刺さる。

持ち上げるクワ先には、もれなく粘土質の土の塊が付いてくる。

土の付いたクワを地面に叩きつけて、土を引き剥がす。

作物が育つかどうかさえもわからない痩せた土地。

数日で私の手の皮はベロベロになって、ハシも持てなくなっていました。

そんな地面が、私の農作業デビューの相手でした。

タイから帰国して耕した日本の土壌が、まるでトウフのように感じた記憶があります。

どちらかというと、タイの固い地面の方が耕し甲斐はあります。


作物とかを無視して、あくまで耕すことだけを前提としてタイの土を耕しに行きたい気分になります。




■9月14日

うたた寝が心地よい時期になってきました。

ごろりと床に横になって、いつの間にか寝てしまえます。

寝苦しくも無いし、寝冷えすることも無く、心地よく寝入ることができる適温の自然環境。

今日も、気がつけば寝てました。

うたた寝の寝起きは、いつも微妙な後悔がつきものです。

うたた寝は、たとえ6時間以上本域で寝てしまっていたとしても、結局寝足りないような気がするから不思議です。


寝起きを理由に物事を深く追求しないことが、色々自分を守ることにも繋がっているのだと思います。




■9月13日

コンビニ強盗をする人が理解できません。

被害額が大抵6〜7万円程度ということからも、リスクと採算が合わな過ぎると思います。

かといって数千万〜数億単位になると、一気に難易度が上がるうえに計画やら下準備やらも大掛かりになるんだろうなと思います。

作戦を練る”頭脳”が高レベルで要求されるし、その他にも”強運”とかも絶対に必要だと思います。

構想に数年ぐらいかけても、上手くいくかは微妙なのではないかと思います。

こうして考えてみると、結局は安価でもお手軽な方に人の心が傾くのは分かる気がします。

天賦の才や綿密な計画を求めるよりも、コンビニ強盗のほうが利率が高いのかもしれません。


こうして自分で色々と考えるうちに、コンビニ強盗の気持ちが少しずつ分かってきたような気がします。




■9月12日

『実際のトシよりも若く見える』と言われることがあります。

私の2コ上の兄も、その傾向があります。

友人に家族の写真を見せたときに、兄を指差して
「弟いたんだ、、、。」
と、言われたこともあります。

特に海外とかに行くと若く見られる度合いが強いらしく、ウチの兄はパスポートを見せても成人と信じてもらえず、ラスベガスのカジノに入れてもらえなかったらしいです。

そのときステイ先のホストファミリーも一緒に説得にあたったらしいのですが、結局ダメだったとそうです。


その話を聞いて、遊ぶのにもそれなりの見た目が必要と知り、欧米旅行に若干興味を無くした記憶があります。




■9月11日

特に見たいテレビ番組が無いときに、時代劇を見ることが多いです。

その理由は”無難だから”だと思います。

だいたいのストーリーが決まっているのでハラハラドキドキすることもなく、悩んだり先読みしたりする必要がなくて安心です。

そして、何より分かりやすいです。

結果、落ち着いて見られます。

抜群に面白いわけでは無いのですが、抜群の安心感。

何も考えたくないときとかは非常にありがたいです。


無意識に時代劇にチャンネルを合わせているとき、ふと自分を見つめなおしてみると、ちょっと疲れていることに気づかされたりもします。




■9月10日

台所のシンクのスポンジ。

真ん中に穴が開いていて、付属の吸盤状の突起に引っ掛けられるタイプ。


毎日ちょっとだけ目に付きます。

わかっていても、ちょっとだけ目に付きます。


別にズームにして共感を求める気はさらさら無いですし、これ以上深く考え過ぎて大切なものを失いたくありません。


ただ、情操教育上でも想像力はとても大切だと思いたいです。




■9月9日

暑い日が続く昨今、仕事から帰ってきてとりあえずシャワーを浴びる日々。

最近になってやや涼しくなってきたので、冬場のように夜寝る前までシャワーを浴びない日もでてきました。

中途半端に汗をかかなかった今日のような日は、ちょっとだけ悩んだりもします。

悩むくらいならサッサとシャワーを浴びてしまえばいいのですが、シャワーを浴びることに対する要素の希薄さが、自分の中でちょっと納得がいきません。

元々そんなことはどうでもいいのですが、シャワーを浴びるお得感を求めてしまう貧乏性の私。

2分程考えたのち、とりあえずバリカンで坊主頭にしてから散らばった髪の処理も兼ねてシャワーを浴びることにしました。


今考えてみると、要素とか言う以前にとにかく単純にシャワーを浴びたかっただけなのだと思います。




■9月8日

部屋に戻ったら、ドアポストに宅配便の不在通知が入ってました。

通知には『宅配ボックスに入れました』の記載。

通常、不在通知書には宅配ボックスのロック解除番号が記載されているのですが、今回何も書かれてませんでした。

そして開かない宅配ボックス。

宅配業者に連絡をとってグダグダなやりとりをした結果、マンションの管理者に開けてもらう羽目になりました。

ここはレオパレスなので電話して聞いてみると、住人にのみ許された開け方があることが判明。

そんな機能?があることを初めて知りました。

まず、ドア裏下方の小さなつまみを回して、そのフタの裏にぶら下がっている不思議な曲がり方をしたハリガネを入手。

ナンバーロックの裏側の4つの穴に、一つ一つハリガネを差し込みながら表のナンバーを止まるまで回します。


この怪しい作業中に、3〜4人の住人から冷たい視線を受ける羽目にもなりました。




■9月7日

貧乏だった学生時代、スーパーの缶詰売り場で真剣に悩んだことを憶えていいます。

100円のサンマ缶を買うか、ちょっと贅沢に150円のサバ缶を買うかで30〜40分は悩んでいたと思います。

(いつかお金持ちになったら、この缶詰コーナーの缶詰を全種類買ってやろう、、、。それが出来たら幸せだろうなぁ、、、。)
などと、本気で考えてました。

当時は冷静な判断が出来なくなるくらい切実だったのだと思います。


缶詰コーナーを通る度によみがえる、過去の痛い追憶。




■9月6日

台風9号の直撃で静岡は大荒れの天気。

ウルサイぐらいに窓を直撃する風雨。

どうなるわけでもないのに、ついつい窓を凝視してしまいます。

別に窓側にだけ台風がいるわけでも無いということは重々承知しているのですが、気づけば窓を見ています。

(大丈夫かなぁ、、、。)
という想いで窓を見てしまうのかと思うものの、ここは鉄筋のマンションなのでそういうわけではない気がします。

(大荒れで凄いなぁ、、、。)
という想いで外を見ようとしているのかというと、ここはスリガラスで外はまったく見えないので、それも違うの気がします。

考えた末、大荒れの台風に対して、
(無視してませんよ、、、気にしていますよ、、、。)
という意思表示なのではないか、という結論でまとめてみました。

暴走族などに対する考えと同じです。


心の寂しさが反映されたような考え方に、ややブルーになります。




■9月5日

夜遅く部屋に戻ったとき、夜食の量に迷うことがよくあります。

夕食を食べていないので抜群に腹が減っているのですが、ほぼ寝る直前の時間帯に満腹になるのもどうかと思います。

通常、まずラーメンを食べてみます。

いつも思うのですが、ラーメンって凄く中途半端な量だと思います。

さらに腹ごなしにアイスを2個程食べてみます。

食べるたびに思うのですが、アイスって空腹に対して効果が無いです。


学習の無い想いを胸に、今日も夏の夜は更けていきます。




■9月4日

外出中に、通りすがりの人と目が合うことは通常あまり無いです。

でも、稀に目が合うことがあります。

そういう人に限って予期せずして再会し、再度目が合ってしまうことが多いです。

スーパーなどで頻繁にある状況だと思います。

「目が合うのは、自分がその人を見ているからだよ。」
と、以前友人に言われたことがあって、目が合う人を冷静に確認してみると、ちょっとわかる気がするのが悔しかったりもします。


他人と目が合うのは偶然ではなくて、無意識のうちに好みのタイプを察知するという人の持つ本能的なものなのだと思います。




■9月3日

蜂の巣
朝ベランダの窓を開けて何気に上を見上げると、そこそこ大きめの蜂の巣がありました。

(ぇえ・・・・・・。)

しかも結構活動的に動いています。

頻繁に窓を開けたり洗濯物を干したりしていたのですが、今まで全く気づいてませんでした。

この事実を知ってから、窓を開けるたびに全身に張り詰める緊張感。


むしろ気づかないまま日々をやり過ごしたかったとさえ思います。




■9月2日

油断のできない笑顔をする人がいます。

私が思うに、女性に多い仕草です。

女性アナウンサーがよくやる、目を細めないで笑うさまが分かり易い例の一つです。

その中でも完全に無防備に見える崩れた笑顔を、意図的に作り出すことの出来る人たちを今まで何人も見てきました。

(上手いなぁ・・・・・・。)
(慣れてるなぁ・・・・・・。)

などと思いながら、笑顔を返して反応をみる私。


笑顔を作るのも見抜くのも、基本的に笑顔の練習をした人が為せる業なのだと思います。




■9月1日

小学生の頃、時間割の中に『クラブ』の時間がありました。

学期ごとに好きなクラブを選択するのですが、6年生の当時私は『パンポンクラブ』に入っていました。

もちろん『パンポン』をするためのクラブです。

私の『パンポン』の腕前はそれほどでもなかったです。

でもまぁ、『パンポン』をやっててそれなりに楽しかった記憶もあります。

そして、この『パンポン』が茨城ローカルだったことに気づいたのは20代後半くらいでした。

多分、実家には愛用していた『パンポン』用の板がまだ残っていると思います。

久しぶりに思い出した『パンポン』。


もう『パンポン』って言いたくて仕方が無いです。



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