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■11月30日 いつの間にか眠ってしまった夜。 (眠つけない、、、。) 約1時間ぐらいの周期で目が覚めてしまっている。 (それは、、、電気がついているからだろうな、、、。) 明確な理由がわかっているのに行動が伴わないのは、それなりの理由がある。 電気のスイッチが部屋の入り口にしか無いのが悪いと思う。 布団から出られないくらい寒いのも悪いと思う。 眠気は正常な判断をさせてくれない。 省エネが叫ばれる昨今、明け方まで煌々と無駄に私を照らし続ける明かり。 地球にも私にも優しくない夜。 ■11月29日 探し物がすぐにみつけられない。 もっとも『探し物』である以上、見つかりにくいのが必然だとは思う。 目の前にあったら、それはもう『探し物』ではなくて単なるモノだ。 そして往々にしてモノがみつからないのはイザというとき。 何が言いたいかというと、机の上は常に整理するべきなのだと思う。 書類系統は特にタチが悪い、、、。 ■11月28日 気がつけば部屋の毛布が毛玉天国。 白い毛布に白い毛玉。 先日、外から戻ってきてコートのまま力尽きるように毛布にくるまって寝たら、服に毛玉が付きまくってた。 凄く付いていたわけではないのだけれど、ほどよく付いていたと思う。 いちいちとるのが面倒だったのでそのままにしていたのだけれど、茶色のコートに白い毛玉は結構目立つらしい。 「外雪降ってるの?」 と言われたときには、さすがにとろうと思った。 (まぁ、これくらいなら、、、) という私の妥協は、世間一般には通用しないらしい。 ■11月27日 肉体の衰えを感じることの中に視力がある。 もっとも徐々に徐々に弱くなるので、通常実感するほどではないのだと思う。 視力の悪い国世界一としてギネスに認定されているだけあって、例に漏れず私も目が悪い。 ただ私の場合、自分の目が悪いことを知らずに数年間過ごしていただけに、メガネをかけた今、その実感がやたら大きい。 ショックを受けるくらい自らの衰えにガッカリしてしまう。 いっそのこと目が悪いことに気づかないまま、ぼやけた世界にいたほうが良かったかもと感じたことも多々あった。 そんな日々の中、お祭りで浴衣姿の女性たちをハッキリみることが出来て心からメガネに感謝したことも記憶に新しい。 フィジカルな衰えもメンタルな欲望には影響しないらしい。 ■11月26日 レクター博士に追われる夢をみた。 (これなら絶対逃げられる、、、。) と考えつつも、気持ちの奥では『レクター博士に敵うわけがない』という先入観。 様々な策謀を企てて逃げ延びようとするものの、最終的には絶望的な気分にさせられてしまう。 さすが夢。 運が良かったのは捕まる直前に目が覚めたことだろうか。 初冬の肌寒い朝、目覚めは寝汗でビッショリ。 ■11月25日 ドラマを見ながら途中で寝てしまうことがよくある。 面白いと評判のドラマでも寝なかった試しがない。 決してドラマがつまらないとかではなくて、ただ純粋に眠くなる。 好きなときにPCなどで見るぶんには眠くならないので、時間的な問題だと思う。 どうやら21時以降に身体を動かしていないと眠くなる体質らしい。 知らぬ間に体質は昼ドラ向き。 ■11月24日 財布の中身を気にしないほうだと思う。 こう言うとちょっとお金持ちっぽく聞こえなくもない。 でも、私の場合はお金が入っていないことのほうが多い。 今日本屋でレジを打ってもらった直後に、財布の中の危うさに気づいた。 文庫本代630円。 財布の中身は573円。 「、、、、、、すいません、お金が無かったです。」 ここ数ヶ月で3回目くらいだろうか。 相変わらず学習能力が無い。 ■11月23日 業者から、部屋の電気コンロに不具合があるという旨の連絡があった。 若干型が古いらしく、誤動作するらしい。 外出時に勝手にスイッチが入って火事にでもなったらかなわない。 でも正直な話、この部屋に燃えて困るようなものはあんまり無い。 ただ、たとえ燃えカスでも見られて困るものはある気がする。 ■11月22日 夜、冷え込む時期になってきた。 眠る直前に熱いシャワーを浴びて、湯冷めしないうちに布団の中に潜りこむ。 そうなると、もう朝まで布団から出たくない。 でもそんな寒い日に限って、妙にトイレが近くなったりもする。 生理現象を極限まで我慢してみる不毛な時間。 睡眠時間を削ってまで、『布団の中』というお手軽なぬくもりに固執するひととき。 ■11月21日 「オトコってバカだよね、、、。」 というセリフをよく耳にしてきた。 確かに一般的に、女性と比べて男性はバカだと思う。 かなり幼い頃から、男は女に呆れられてきていると思う。 成績がどうこうとかではなくて、根本的にバカなのだと思う。 最近このセリフを聞く機会に恵まれた。 飲み会の席で、今まさに陰毛に火がつけられるとき。 そこへ登場する女性陣。 「あっちーーーーーー!!!!」 と叫びながら股間を押さえて転げまわる男。 そう言われるのは至極当然といえる。 ■11月20日 車の運転は好きではあれど、あまり得意なほうではない。 私の場合、運転の際はちょっとくらい緊張していたほうがいいと思う。 調子に乗って事故ることだけは避けたい。 運転中は無意識にも目にチカラがはいってしまう。 慣れないメガネの着用も手伝ってか、眉間の奥のほうが妙に疲れる。 目の疲れというよりは、精神的な脳の疲れのような気もする。 ■11月19日 気流の乱れとやらで、ヒコーキが突然大きく揺れた。 奇しくもCAの皆さんが乗客に飲み物を配っているとき。 機内はジュースをこぼした人たちで、ちょっとした賑わい。 よりによって私は熱々のコンソメスープを飲んでいた。 (熱っ!熱っ!?!!?!) デジカメの手ブレ機能とかを機体に取り入れて欲しいと思った。 ■11月18日 朝、西表島を高速船にて出発。 ヒコーキは一回経由して、電車と新幹線を経て、最終的に静岡の事務所で13:30から仕事。 この一分の隙も無いカツカツの計画は、飛行機の遅れによって早くも頓挫。 11時に羽田空港のハズが、私が11時の時計表示を見上げた場所は何故か那覇空港。 (計画が、、、。) ここから何をどうやって取り返せというのか? 分岐の無い細い一本道の入り口を塞がれた気分だ。 そして連鎖していく時間の遅れ。 最終的に事務所に着いたのは17:40。 今後の旅行は、時間設定を2倍くらいに余裕を持たせたい。 ちなみに今日は時間経過が早すぎて、旅行をしたという気分には全くならなかった。 『ちょっと忙しかった日』くらいの感覚。 ■11月17日 旅先では邪魔な荷物でしかなかった厚手のコート。 西表島は暑い。 28℃という過ごしやすい気温ではあれど、日差しと湿気で体感温度は30℃をゆうに超えていると思う。 エメラルドグリーンの海に足首まで浸かりながら、真っ白の砂浜を歩く心地よいひととき。 でも手にはコート、、、。 ■11月16日 若干無謀な旅に出ます。 明後日の午後には戻っている予定です。 そんなわけで明日(11/17)分の更新は明後日にまとめてします。 詳しい旅の内容は後日更新します。 暇があれば、ですけど。 ■11月15日 子供の頃、自分のことを全く信じていなかった記憶がある。 テストの時とかも、 (これが正解だと思うけど、自分の考えが当たっているハズないから、書き直さなきゃ、、、。) と、いった感じだった。 授業とかで自然に身についた知識はまったく信用できなかった気がする。 小学生と中学生の頃が特にその傾向が強かった。 徐々にその傾向は薄れていったものの、結局高校生あたりまで引きずっていた感覚。 出来のイイ兄姉の下、無意識に劣等感のカタマリのようになっていたのかもしれない。 もしくはトラウマになるほどの、消された記憶があるのだと思う。 ■11月14日 机の上が書類でいっぱいになることがある。 ひどいときはPCのキーボードまで書類が侵食してしまって、もうどうにもならない。 「机の上をキレイにすると、仕事がスムーズに進むよ。」 というような言葉を友人に投げかけられたことがある。 場合によっては 「机の上が汚い人は仕事が出来ない人だ。」 というような極論を言う人もいる。 (それはわかっている。わかっているんだ、、、。) 机の上をキレイにしてから仕事を始めるべきと思う反面、仕事をしないと机の上が片付かないというジレンマ。 ■11月13日 部屋に戻ると結婚式の招待状が来ていた。 (・・・・・・またか。) 年末に向けて怒涛のイベントラッシュ。 このバランスの悪さはなんだろう、、、。 ちょっと前までは、遠く離れた場所にいることを理由に全て断っていたのだけれど、今はそうもいかない。 決して実家付近にいるわけではないのだけれど、何故か行動範囲内として認識されているらしい。 招待状にも、 『今だったら、、、』とか『今回は、、、』とか、 細かいジャブでの圧力が見られたりもする。 まぁ、誘われるうちが花と考えておきたい。 ■11月12日 自分のイビキの音で目が覚めた。 初めて自分のイビキの音を聞いた気がする。 口の奥が振動することによって生じる微細な感覚。 その振動を求めて、あえて自分の意思で実行していたことさえもハッキリ憶えている。 「イビキをかかないよね」 と言われていただけに自分でも意外だった。 でもそれ以上に、ノドを開け閉めすることで調整できるメカニズムまで鮮明に憶えていることに驚いた。 寝起きなのに一気に目が冴える衝撃。 ■11月11日 昨日から雨が降ったり止んだりの天気。 普段は自転車で行動しているので、雨対策にカッパを常に持参している私。 コンパクトにまとまってアウトドアにも使えるお気に入りの一品。 実はまだ一回も使ったことが無い。 今日こそは、今日こそはと、カバンの中で出番を待っている。 雨は降ったり止んだり、ときおり激しく降ったり、、、。 1日に朝、昼、夜と3回は外に出ているハズなのに、全く雨に降られない。 我ながら見事な晴れ男ぶりだと思う。 願わくば、修学旅行の時にイキオイで買った避妊具のように、年単位で使用しないままにならないよう気をつけたい。 ■11月10日 『うっすら』という言葉を変換すると『薄っすら』か『薄ら』と表示される。 『うすっすら』とか『うすら』とか読んでしまいそうで気持ちが悪い。 どうでもいいことだけど、妙に納得がいかない。 ■11月9日 初見で妙に気になってしまう異性に会うことが稀にある。 もちろんその人に花があるからと言えると思う。 でも冷静に分析してみると、単に『過去に出会っている誰かに似ているから』という理由だったと気づくこともある。 何故気になるのかがわからないうちに、錯覚して恋におちてしまうのも、それはそれでいいと思う。 誰かに似ていることに気づいても、それが誰なのか気づけないことも多い。 でも、『誰かに似ているから』という理由に気づいた上に、それが『昔近所に住んでた電気屋のおばちゃんの顔だった』などという衝撃的な事実に気づいてしまうこともある。 思い出せたという爽快感と引き換えに、急激に冷めていく恋はもう止めることが出来ない。 何かを知るということは、同時に何かを失うことなのだと思う。 ■11月8日 遠出の用事が入ると、せっかくだから他に何かできないかと予定を立てることがよくある。 我ながら貧乏性だと思う。 近場の観光スポットの調査などに余念が無い。 ここぞとばかりに久しぶりの友人と連絡を取ってみたりもする。 こっちの都合を強引に押し付けるカタチで計画を進めていく。 休む暇なく一気に駆け抜けていくイメージ。 場合によってはその場を満喫しきってしまうよりも、やや名残惜しく感じるほうが次回の楽しみに繋がることも計算してみたり、、、。 ■11月7日 中学校の頃、家から歩いて2分くらいで通学出来た。 勝手知ったる自分の学校といった感じで、当時一度だけ深夜のプールに忍び込んだことがある。 真夏で暑かったとか、寝苦しかったとか一般的な理由をたてまえに、プールへと向かう。 今と違って当時はセキュリティなんてほぼ皆無。 やろうと思えば誰でもできることなのだけれど、一応やってはイケナイことなので、次の日にクラスのみんなに自慢が出来るという想いが強かった気がする。 「誰もいないプールってサイコーに気持ちがいいよ!」 とテンションも高く話すひととき。 実際は思いのほかつまらなくて、数分で家に帰った。 ■11月6日 コートを衝動買いした。 前々からコートは必要と思っていたのだけれど、2万円以上の品を5分程度で購入決断したのは久しぶりな気がする。 服を買うときの決め手として、『丈夫さ(持続性)』『デザイン(有用性)』『値段(分相応)』を総合的に見ている自分がいる。 基本的な優先順位は上記のままだと思う。 今自分が着ている薄手のセーター(2990円)が、既に8年目の優秀選手だったということにも改めて気づかされる。 それにひきかえ、Tシャツや靴下などの特に消耗品の感覚が強いものは、優先順位が逆転している気もする。 『価格に適した持続性』ということで、自身を納得させているのだと思う。 ■11月5日 学生の頃、合コンとか行くことがあった。 こういうときにお酒が飲めない体質が厄介。 そんな中で生まれた技、『酔っていないのに酔ったフリ』。 あえて弱っている部分を見せることで生まれるチャンスも(稀に)ある。 ただ相手から見て『酔っている状態であること』が必要なだけに、イザというときに動きにくい。 寝たフリと同じで、起きる(醒める)タイミングが困難。 後々まで好印象を残そうという青臭い考えの結果、何も出来ず、何も残らないという不毛さ。 ■11月4日 普段ウソをつき慣れていないと、不測の事態にうろたえてしまう。 言い間違いを訂正されたときなどが、それにあたる。 別に何も悪くないのに、ウソをついたときのように声が大きくなったり早口になったりと不自然極まりない状態になってしまう。 普段からウソをついている人は、不測の事態にも自然なトーンで対応できるのだと思う。 ウソが必要の無い会話の中で、普段からウソをついておけばよかったと考えてしまう矛盾。 ■11月3日 近場の銭湯に行ってきた。 久々に長湯をしたせいか、湯上りに軽い立ちくらみ。 視界が真っ暗な危険な状態。 僅かに残る意識の中、 『全裸で倒れるわけにはいかない』という強い想いだけが、プチ惨事をまぬがれたのだと思う。 もちろん倒れたとしても、それはそれで面白かったとは思う。 ■11月2日 数日前からパソコンのファンがぶぉーぶぉー言い始めている。 なんの不満があるのか、ウルサイことこの上ない。 パソコンに詳しく無いうえにノートパソコンでもあるので、どうすればいいのか全くわからない。 以前スピーカーがおかしくなったときに、軽くバシバシ叩いてみたことが原因ではないかとも思う。 叩いて直す(?)昔の家電品に比べて、最近の電化製品はデリケート過ぎる。 ぶぉ〜〜〜〜〜 (・・・・・・・・・・。) ぶぉっ、ぶぉ〜〜〜〜〜 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。) ぶぉぉぉ、、、、ぶぉっ、ぶぉうぉうぉ〜〜 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。) 不思議と何かを訴えているようにも聞こえる。 まるで助けを呼ぶような悲痛な叫び。 とりあえず放置して様子をみたい。 ■11月1日 「あんた前世でよっぽど悪さしてきたんだろうね、、、。」 という慰め文句を使う人が身近にいた。 当時この言い回しを気に入っていたらしく、結構な頻度で言われた記憶がある。 この言葉の良いところは、遠まわしではあれど『自分のせいではない』と思わせてくれるところにあると思う。 その他にも、 「きっと前世は救いようの無いワルだったんだよ。」 とか、 「絶対前世で惑星を破壊とかしてるよね。」 などと、 同じ系列でもバラエティに富んでいたセリフの数々。 オカルト系はまったく信じないのだけれど、『前世』だけは自分の保身のためにも信じてみたい。 ■10月31日 クラス会や同窓会、結婚式等の出席確認返信用ハガキって、締め切りギリギリまで出さない傾向があると思う。 ほぼ返事は決まっているハズなのに、何故かいつまでも返信出来ずに残ってしまう。 ”面倒くさいから”とか”忙しいから”とか言いがちだけれど、マル書いてポストに入れるだけのものに、忙しいもなにも無いと思う。 もちろん当日まで予定が未定だとか、本当にわからない状況の可能性も無いとは言わない。 でも幹事たちに言わせれば、本当にいい迷惑だと思う。 一般的にポストに行くことが疎遠になっていることも関係していると思う。 グダグダと能書きをたれる前に、明日にでも投函したい。 ■10月30日 人間の持つ三大欲が置き換え可能だという話がある。 貧乏学生時代、腹が減って泣きそうなときにこの話を思い出して、とりあえず寝て空腹を誤魔化したことがよくあった。 眠くなれば食欲も無くなるということを、このとき身をもって実感した記憶がある。 一度眠ってしまえば、眠気が続く当分の間は『食欲』が抑制されるのがありがたかった。 もちろんもう一つの欲、『性欲』でも置き換えることが出来た。 でもその場合は、効果が長続きしない上にリバウンドが激しく、あんまり実用的じゃなかった記憶がある。 そんなことを繰り返していたこともあって、学生時代は25kgくらい体重差の波があった。 しかも、その体重変化に自分で気づけないほどに、周りが見えていなかったあの頃、、、。 ■10月29日 部屋に戻ると同窓会の通知が届いていた。 中学時代のものだ。 幹事の名に旧友の懐かしい響きを感じるひととき。 自主的に幹事を請け負って、同窓会をひらく彼らを見る度に思うことがある。 (高校時代の同窓会をやっていない、、、。) 3〜4年に一度のペースでコンスタントに行われている中学時代の同窓会に比べて、高校時代の同窓会は皆無だ。 放浪癖のある私なんかを幹事にするから、こういうことになる、、、。 ■10月28日 風邪薬の『ベンザブロック』が気になる。 初めてその名前を聞いたときから思っていたのだけれど、トイレ関係の薬のイメージが消えない。 まず語感から連想される『便座ブロック』。 便座がブロックされるなんて、考えただけでも大変だと思う。 駆け込んだトイレで嘆いているさまが見えてきそうだ。 場合によっては、すごくガックリくると思う。 もう一つのイメージとして『便 the ブロック』。 何が『the』なのかよく分からないまでも、とにかくブロックしてくれそうな気迫が伝わってくる。 凄く”下痢止め”っぽい。 ベンザブロックのCMが流れる度に、いつも一人そのことを考えている。 周囲のみんなに同意を求めようか迷っている問題の一つでもある。 ■10月27日 トイレと風呂場で蚊と遭遇することがよくある。 その度に退治を試みるのだけれど、場所が場所だけにナカナカ難しい。 場所的に軽快に動けるものでもないし、むしろ動きが制限されていることのほうが多い。 そもそも何処から入ってきているのかが疑問だ。 どちらも水場だから、普通にそこから生まれてきてるという考え方もある。 でも水場とはいっても、常に同じ水がそこにあるわけではないと思う。 特にトイレの水なんかは1日に何度も新しい水に入れ替わっているハズ。 バスルームも基本シャワーなので、数時間後には完全に水気は無くなっている。 (なんでかね、、、。) と、どうでもいいことに想いを馳せつつ、今日もシャワーを蚊に当てて排水溝へ流し込む。 ■10月26日 考え事をしていると、いつの間にか結構な時間が過ぎていることがよくある。 学生の頃は特に、興味の無い授業中の過ごし方として重宝していたと思う。 バイトの作業等に慣れてきたときも、そうやって時間を潰してたことがよくあった。 もっともそのせいで、本来すべきことがおろそかになりがちなのだけれど、そこは欲のままに興味を向けてしまう人のサガ。 この行動は突き詰めていくと、1度で2度オイシイというお得感を求めている行為だったと思う。 『ながら族』などという言葉で総称され、且つ敬遠された学生時代。 でもいつの時代も、人はそういう便利なものを常に求めているのだと思う。 ただ大多数が両立した結果を出せていないだけで。 そして私も例にもれず、興味が多方向に向き過ぎて実になっているものが無い、、、。 ■10月25日 セコムが常備されていた職場に勤めていたことがある。 仕事が終わって最後に部屋を出る人が、セコムのボタンを押すのが日課。 その後は部屋の中で何かが動けば、ブザーが鳴って警備員が駆けつける仕組みだったと思う。 ある日の残業中、突然部屋の電気が消えた。 その後『ピ!』というセコムの稼動音。 (あ!、、、まだ、、、いるのに、、、) 誰かが気を利かせてセットしていったらしい。 顕微鏡を覗いた姿勢のまま固まる私。 (・・・・・・。) (・・・・・・・・・。) (・・・・・・・・・・・・・・・。) (ん?、、、、、、動かなければセコムは発動しない!?) (、、、、、、だから?) (、、、、、、ずっとこうしていろと?) (・・・・・・。) (・・・・・・・・・。) (・・・・・・・・・・・・・・・無理。) (よし、ゆっっっくり動いてみよう、、、。) 幸いキャスター付きのイスだったので、数ミリ単位でのスライド移動を試みてみる。 よく考えれば、ドアを開けなければ部屋から出られないので、セコムの警報は避けられないのだけれど、非常時に冷静な判断が出来なかったのだと思う。 もっとも結果としては、10センチも移動しないうちにセコムが発動。 警備システムって凄いなと思ったあの日。 ■10月24日 ネットで本場のチャンジャを購入した。 夜、お腹が空いたので、何も考えずにチビチビと食べ始めてみた。 眠くなるか、お腹が落ち着くまで食べ続けること約30分。 強烈にニンニクが効いているチャンジャ。 そして人の嗅覚は慣れるもの。 次の日職場で思いっきり指摘されてしまう迂闊さ。 自分ではまったく気がつくことが出来なかった、、、。 そんなわけで、昼休みに生まれて初めてブレスケアを買ってみた。 ![]() 早速ザラザラと口の中に放り込む。 ただ、もともと自覚症状が無いので、効いていのるかは全然わからないという実感の無さ。 ■10月23日 先日に引き続きタイカレーを食べる。 ![]() さすがにタイ人が作ったものなだけに、本場のレシピが忠実に再現されている。 写真右下のコブミカンの葉等のハーブ系はもちろんのこと、特筆すべきはこの鶏肉の切り方だと思う。 肉の中央にそれなりに太い骨がついている。 これは鶏を肉へとさばく際に、骨ごと肉をぶった切っていることが上げられる。 タイで食べていたときは、この骨を邪魔くさくさえ感じていたものの、今となっては味があってイイとすら思える。 実際に骨部分からの旨味も影響はしているのだとは思う。 でも多分、元々は”面倒くさいから”ということが起源だとも思う。 失礼な話に聞こえるかもしれないけれど、タイの方たちには少なからずともそういった傾向があると思う。 また、そういう細かいところを気にしないところが、自分に合っていたのだとも思う。 ■10月22日 タイ人のつくった本場のタイカレーを大量にもらった。 香辛料が効いていて抜群に美味いのだけれど、やはり人によっては受け付けない人も多い様子。 最初の一口を食べた感覚、 (あ、、、懐かしい、、、。) そして、同時に込み上げてくる妙な切なさ。 想い出の味なのだなと思う。 タイに居た時は、それほど好きでもなかったタイカレー。 ココナッツミルクの甘さが微妙に日本人の好みを避けていると思う。 タイの田舎ではあんまり食べないタイカレー。 なによりヤシの木によじ登ってココナッツをとってこなければならないのが厄介。 それでも日本人の私に気を使ってか、それなりの頻度で食卓に上がってきたと思う。 最終的には私がココナッツを採る係になるまでになったのだけれど、 「今日はココナッツ採ってきてね。」 と言われる度に、 (、、、、、、厄介。) と心の中でぼやいていたのを思い出した。 ■10月21日 寒さを感じる時期になってきた。 とくに夜は寒い。 本格的な冬はまだだというのに、先が思いやられる。 寒さ対策のグッズの購入を考えるのだけれど、私の場合、この時期に買ったものが実際の冬に役に立っていることは考えにくい。 細かいグッズよりも、コタツのような冬の季語的な大きなものを買うほうがいいとも思う。 ただ、直ぐに使用しないものを買うことに対する不安感。 そして、おでんやミカンを大量に買い込むことには何の疑問も抱かない無計画さ。 今日も刹那的に生きている。 ■10月20日 牛めしの松屋に行ってきた。 混んでいるわけでもなく、すいているわけでもなく、程々の客の入りよう。 カウンター形式の場所に座る時は、両どなりに人が居ない席を選ぶ傾向がある。 でも今日はそういう席が空いていない。 仕方が無いのでテキトーに近場の席に座った。 すると5分もしない内に、1人2人と食べ終わって店を出て行く。 気がつけばガラガラの店内には、私と私の隣のサラリーマン風の男性と、テーブル席のご家族連れのみ。 (気まずい、、、。) (今、私とこの男性が友達みたいな構図になってる、、、。) (他人なのに、、、。) お互いにその不自然さに気づいているものの、カウンターのイスが固定されているので、その絶対的な距離は決して縮まらない。 単に席を移動すればいいのだけれど、ワザワザその行動をとることを、お互いに敬遠している空気。 気がつけばお互いに上半身のみ反対側を向けつつ食べている。 ちょっとケンカしてるみたいにも見えなくもない。 不思議なことに、パッと見て『他人』という選択肢が出てこないような雰囲気がそこにある。 ■10月19日 1日の予定に悩むことがある。 例えば明日は休みなのだけれど、何もやることがない。 何もしないで過ごすのは不毛すぎる。 かといって、あてもなく徘徊しても、経験上徒労に終わる可能性が高い。 そんなときに、何かしら実になったと思わせることができるポイントがあれば、とりあえずそこに行くと思う。 結果的に不毛だったとしても、そこに気がつかなければそれはそれでイイとも思う。 そこをさらに具体的に追求していくことで、マネー的なものが探れそうな気もする。 ■10月18日 トイレに一点の血痕がある。 数日前にヤツを殺ったときに付着した跡だ。 白い壁紙が血を吸ってしまっていて、もう落ちそうに無い。 (私はここで殺されました、、、。) そんな無念が、今も白い壁で存在を主張している。 数日前に蚊を叩き潰したときのもの。 ■10月17日 あと少しで何かが分かりそうなときがある。 (ここがこうなって・・・) (仮にこうなら、こうなるから、、、。) (こうすると、、、、、、) (、、、、、、ぁ!) (イヤ、違う、でも、こうだから、、、) (こうすれば、、、、、、。) 高揚する心。 そう、こんなあと少しの時に、いつも邪魔がはいる。 そうなると、もう胸ときめいていたあの頃には戻れない。 たまに真剣に考えていると、こういうことがよくある。 ■10月16日 とりあえず「そうですね」と答えてしまうことが多い。 この言葉は『賛同』の意思をとるとき以外にも、発音によっては『考え中』の意思表示でも使えるから便利だ。 言いながら後の返事を考えることもある。 ひどいときには言った後に、何を言われたのか考えることもある。 そんな生返事をしていると、後の返事のつじつまが合わなくなることもよくある。 こういうことが続くと、話しかける側もコチラの返事を聞き流しているという傾向もみられてしまう。 気がつけば『会話』の流れを完全に無視して、単に自分の言いたいことを交互に言い続けている現状。 ■10月15日 男同士で集まると、十中八九オネーチャン(女性関係)の話で盛り上がる。 不毛だと思いつつも、結局男はいくつになってもそういう話が好きなのだと思う。 何が面白いのかというと、それぞれ個人個人の経験から、悟っているかのような確信や信念が垣間見えるからだと思う。 経験からくる言葉は例外なく重みがあって説得力が強い。 そんな中でも、お互いに譲れない強い想いがぶつかり合って、話は一気にヒートアップ。 無駄に巻き起こる数々のブレインストーム。 脳内から劇的に生み出された言葉たちは、悲しくも何も生み出すことがない。 ■10月14日 最近激減している運動量に反して、何故か食べる量が倍増している気がする。 夕食に、ごはんを一合半食べてお菓子を食べてカップラーメンを食べてアイスを食べてようやくお腹がおちついた。 この愚鈍な満腹中枢が、やがてありえない腹回りを造り出すのだと思う。 ダイエットに必要なのはフィジカルな要素よりも、むしろ若かりし頃の敏感さを満腹中枢に呼び戻すことだと思う。 ■10月13日 全力で動いているときに、オーラ的なものが何か出てる気がする。 楽しいときでも、苦しいときでも、ゆとりを感じているときでも、いっぱいいっぱいなときでも、想いが真剣であれば、同じようなものが出ていると思う。 先を見越して安心しているときは出ていないと思う。 寝ているときも出ていないと思う。 慣れて油断しているときも出ていないと思う。 不確定な先のことを考えているときは出ている気がする。 その『先』が長い期間であればあるほど出ている気がする。 もちろん『考える必要のあること』であることが前提で、必死さというか緊張感のようなものがないと出ない気がする。 モテる要素と密接に関わりを感じるこのオーラ。 自分の中でモテオーラと定義して、研究していきたい。 ■10月12日 一昨日は夜更かしをしたので、眠ったのが午前3時頃だったと思う。 もちろん次の日は通常通り7時に起きる日常。 その日の夜、何故かまったく眠くならない。 極端に睡眠時間が不足しているハズなのに、まったく眠れないまま時刻は深夜の2時。 いつのまにか眠れたと思ったら、朝の6時前に勝手に目が覚めた。 特に眠くもならずに過ごす日中。 そして今になってようやく眠気が襲ってきた。 私の場合、おっさんの筋肉痛並みに睡魔も遅れてやってくるらしい。 ■10月11日 靴下を捨てるタイミングが難しい。 もちろん穴が開けば捨てるのだけれど、穴が開く前触れの、生地が薄くなっている状態になっていると、悩む。 『まだ履ける』という有用性がある反面、履いている途中で穴が開いてしまう危険性もはらんでいる。 穴が開いている靴下を履いているのを他人に見られてしまうと、メンタルな部分で深い傷を受ける可能性が高い。 捨てた後の代わりの靴下をまだ買っていないこともあって、危険な橋を渡らざるをえない状況でもある。 靴下の穴は心に穴を開けられる前兆でもあると思う。 何をそんなに恐れているのか自分でも分からないのだけれど、無意識に幼い頃のトラウマを記憶の底に封じているのだと思う。 ■10月10日 快晴の青空に心地よい風。 長袖Tシャツ一枚で丁度いい過ごしやすい時期。 季節はすっかり秋。 夏が終わったことを実感すると、やや物悲しく感じる感覚は久しぶりの気がする。 よく考えたら、今まで南国にいたので季節を感じる感覚がマヒしていたのかもしれないと思う今日この頃。 ■10月9日 この前久しぶりにパフェを食べた。 甘いものは結構好きなのだけれど、今までパフェを食べる機会に恵まれていなかった。 パフェを食べるには女性の存在が不可欠だと思う。 とりあえず一口。 「どうですか?」 「・・・・・・甘い。」 「そりゃあ、パフェですから。」 思ったことをそのまま口に出してしまう迂闊さ。 やっぱりグルメレポーターは凄いと思う。 ■10月8日 知り合いが沼津に居ることを最近知った。 会う約束を取り付けて、仕事が終わった足で、そのまま自転車で沼津駅へ。 お互いつもる話も盛り上がって、思わず話し込む楽しい数時間。 別れたのが夜の10時半頃。 (さて、帰って寝るかぁ、、、) と、上機嫌で帰路につく道すがら。 (ここの自転車置き場って、夜はシャッターが閉まるんだね、、、。) 自転車置き場の前で立ち尽くすひととき。 自分の日常にオチがつくと、結構うっとうしい。 そんなオチはいらない。 結局朝までマンガ喫茶に拘束。 ■10月7日 朝晩めっきり肌寒くなってきた。 布団から出るのがツライという程ではないのだけれど、布団の中が心地よい時期といえる。 風が吹けば吹くほど、布団の中にいることに幸せを感じる。 やや冷たい風が吹く晴天の日中、顔全体に風を感じながら布団の中でぬくぬくとするひととき。 多分10代の多感期の頃から、この感覚に満足していた記憶がある。 昔から堕落の要素は持っていたのだと思う。 ■10月6日 不意に女性と目が合うと、ちょっとドキッとすることがある。 顔見知りとか、初対面とか関係なしに、そういうのはあると思う。 と、つい最近までそう思っていたのだけれど、中には目が合ってもまったく心が揺れない人がいることに気づいた。 別にその人が、美人じゃないとか色気が無いとかタイプじゃないとかいう訳ではないので不思議だと思う。 ただ、興味があるかないかでいうと、多分ない。 そこはあまり深く考えないようにしたい。 ■10月5日 イカを大人買いしてきた。 ![]() イカコーナーに堂々と表記されていた店側のキャッチフレーズは、 『日本のガム』。 日本人として初耳のフレーズだった。 それはどうかと思う反面、何も知らない異国の人に言ってみたい気にもさせられるフレーズだとも思った。 ■10月4日 中学校の頃、学校行事で『柔道大会』というのがあった。 別に学年対抗とか、学級対抗とかではなく、単に無作為に2〜3人の対戦相手と試合をするというものだったと思う。 なにより授業と決定的に異なる要素として、女子ギャラリーの存在が大きかった。 黄色い声援が、無意味に中学男子達の熱血を呼ぶ柔道大会。 私の相手は切なくも、学年イチのモテ男だった。 (絶対に負けられねぇ、、、。) そう意気込んで臨んだ試合。 そして、黄色い声援の望むままに、王道ともいえる三枚目と化した私。 今思えば、あの場面はあれで正解だったという気もする。 ■10月3日 昨日の今日で、早速自転車がパンクした。 明らかに、予兆に気づいた時点で何もアクションを起こさないでいたことが原因。 『わかっているけどやめられない』とつぶやきながら日々を過ごす私に、『やめたところで避けられない』という経験も加わって、ますますダメ人間ぶりに磨きがかかっっていく。 人は常に自らを納得・正当化させる都合のいい理由を探しているのだと思う。 ■10月2日 愛用の自転車の後輪の空気の入りが甘い。 今日自転車に乗っていて気がついた。 ワザワザ部屋に戻って空気を入れる時間も無いので、極力後ろに体重をかけないように自転車をこぐ。 必然的に、常に立ち乗りの状態。 結果、予想以上に移動時間の短縮に成功。 そして思いの他、汗だく。 久しぶりにいい運動をした気がする。 パンクと隣り合わせのスリルが生んだ功罪。 最近運動不足なので、しばらくこのまま自転車に乗り続けてみようかと思う。 ■10月1日 もともと何も無い私の部屋。 いつでも大の字で横たわれるフローリングの床。 そんな部屋で存在を主張している2大勢力が『観葉植物』と『扇風機』。 2日前くらいから一気に肌寒くなってきた昨今、『扇風機』の存在意義が悩ましくなってきた。 もう涼をとる必要性が感じられない。 ただ『扇風機』を収納してしまうと、思いのほか部屋が寂しい。 『扇風機』を無くすことで逆に寒々しく変化する部屋。 本業を行わなくても存在意義を主張する『扇風機』。 私もいずれ、そうありたい。 ■9月30日 眠くなるのが早い。 9時くらいに眠くなるときもある。 もちろん迷わずに寝るのだけれど、必ず3時くらいに目が覚める。 夜中に目が覚めたときは、不思議と起きようという気になれない。 眠くなくても寝ようと思う不思議なチカラが働く。 結局ダラダラと布団の中で過ごして、朝方に眠くなるという悪循環。 「眠そうだね、寝てないの?」 翌朝、そんな問いかけをされることもよくあった。 「うん?あぁ、まぁ、、、。」 曖昧な言葉を返しつつも、確実に必要以上に眠っている事実。 抜群に目が冴えていていいハズなのに、ちょっと眠そうにして振舞わなくてはいけないような気にさせる朝。 ■9月29日 カナダに住んでいる友人から久しぶりに連絡があった。 今、午前3時で眠れないから話し相手して欲しいとのこと。 こっちはまだ夕方の6時、スカイプにて一時間弱話すことしばし。 そういえば、海外在住で時差をまったく考慮せずに連絡をしてくるヤツもいる。 「今、コッチが何時だと思ってるんだよ、、、。」 そんなボヤキをものともしないあたり、多分知った上でのことなのだろうと思う。 でも、よく考えてみたら、ヤツがまともな時間に電話をかけてきても、やっぱりコッチの対応は変わらないような気もする。 結局は時間とか関係無しに、相手次第なのだと思う。 ■9月28日 ファミレスの厨房でバイトをしていたことがある。 肉を焼いたりフライを揚げたり、盛り付けを整えたりと、それなりに美味しそうに出来上がるマニュアル料理。 幼い頃は、レストランの料理は例えファミレスでも特別なものを感じていたけれども、実際に自分が内側に入ってしまうと、かなり興ざめしてしまう部分が多々ある。 ピーク時の多忙な中で、トングからステーキ用の生肉が滑り落ちて床にベチャリ、、、。 肉を落とした本人はもちろん、その場にいた厨房の数人の動きが止まる。 (・・・・・・・・・。) (・・・・・・・・・・・・・。) (・・・・・・・・・・・・・・・・・。) 「使えないね、、、。」 「ゴメンゴメン。」 「新しいの出すわ。」 最初の一人が声を発するまでの僅か数秒、床に落ちた生肉を見つめながらの沈黙。 多分みんな、考えてはいけないことを考えていたのだと思う。 これはあくまで結果が良かった例の1つであって、裏方の判断は常に紙一重だったと思う。 ■9月27日 所持しているトランクスタイプの下着の中に、シルク製のものがある。 その摩擦の無さ加減が凄い。 トイレで小用を足すときに、ちょっとベルトを緩めただけで、一気にヒザまでズボンがずり落ちてしまうほどの摩擦の無さ。 気づいたときにはもうヒザまで落ちてしまっている。 もっとも気づいても、瞬時に手を動かせる状況でもない。 そして、下がったズボンを直ぐに戻せるかというと、それも難しい。 今まさに、トイレに来た最大の用事を足している真っ最中だ。 矛先を無視してでも体裁を立て直すことを優先したとして、後々の惨状を考えるとマナー的にも良くない。 大人としてルールは守りたい。 じゃあ、そのまま用を足しつづけるのかというと、それもどうかと思う。 もちろん大人として大切なものも守りたい。 心安らぐハズの空間で渦巻く苦悩。 生理的な欲求を一時的に止めればいいだけなのだけれど、それも大人として難しい現実。 ■9月26日 『枕を高くして眠れる』という言い回し。 安心して眠れるというような意味のニュアンスだったと思う。 昔の人は寝るときも床に耳をつけて、遠くから忍び寄る足音に注意を払っていたことから派生した言葉だとか。 私の場合、枕を使わないほうがよく眠れる気がする。 外敵とか、寝首をかかれるとか、そういうのとは無縁の先祖だったのかもしれない。 もしくは枕を高くなんかしたら、真っ先に命を狙われるのではないかという不安に襲われる先祖だったのかもしれない。 そして、枕を低くして爆睡するダメな先祖だったのだと思う。 ■9月25日 今日、スーパーに買い物に行ったものの、結局何も買わずに出てきた。 基本的に財布の中には、大抵数千円は入っているという認識があるので、買い物ではあまり金額を気にしない。 一回の買い物で使う金額は大体1500円くらいだと思う。 今日は、レジの直前で財布の中に小銭しか入っていないことに気づいた。 会計をする前で本当に良かったと思う。 ただ、その後にカゴの中の商品を一つ一つ戻していくのが虚しい。 商品を戻す度に、周囲の目を気にして 「これは、、、いらないかな。」 みたいな小芝居を入れてしまう、弱い自分の姿が垣間見える。 ■9月24日 週に1〜2回くらいの頻度で昼飯を食べに行く中華料理屋がある。 そこの『海鮮あんかけチャーハン』がお気に入りで、行く度に注文していた。 アツアツトロトロの海鮮あんが、パラパラに炒められたチャーハンと絶妙にマッチした珠玉の一品。 先日、いつものように海鮮あんかけチャーハンを注文し、一口食べた際に感じた、いつもと違う違和感。 よく見ると、あんの下に隠れているハズのチャーハンが、単なる白飯になっている。 (・・・・・・ん?!) (炒め忘れたのかな、、、。) (イヤ、それは無理があるだろう、、、。) (ワザと?!) (・・・・・・・・・・・・。) 葛藤することしばし、厨房をチラ見するもコッチのことはまったく気にかけていない様子。 これでは海鮮あんかけチャーハンじゃなくて、単なる海鮮丼だ。 別に海鮮丼は嫌いじゃないけど、何かグレードダウンした感が納得いかない。 心の奥にウヤムヤな感情を抱えつつも、周囲に客がいたことも考慮して、その日は何も言わずに店を出た。 数日後、その店に貼られていたテナント募集の看板。 『別れ』はいつも突然で、心の準備をさせてくれない。 あの日の料理は、チャーハンにすることすら戸惑う程の、ギリギリの経営状況が生み出した産物だったのだと思うことにしたい。 ■9月23日 中学生の頃、イニシャルトークが流行った時期があった。 複数の友人たちに対して、秘密を維持したつもりで話せるのが良かったのだと思う。 また、イニシャルというヒントを与えることで、逆に相手をやきもきさせるという優越感もあったのだろうと思う。 意中の人とか、噂の恋とか、男女間の話に多用されていたイニシャルトーク。 もっとも校内の人間なので、その気になればすぐに調べられるハズなのだけれど、ある程度話を知っていないと、聞いた時点では結構分からなかった記憶もある。 そんなイニシャルの中でも『W』と『F』はわかりやすくて別格だった。 今思えば、私の姉とかは『W』と『F』と両方だったのでイニシャルにする意味すら無かったのだろうと思う。 ■9月22日 住んでいるマンションの自転車置き場が狭い。 部屋数は20部屋くらいあるのに、自転車置き場は7〜8台程度の許容量。 自転車の使用者が圧倒的に多い。 例に漏れず私も自転車なのだけれど、置いてある自転車を極限までつめてよせてスペースをつくらないと置けない。 ギチギチによせられた自転車たちは、そのまま後ろにはスライド出来ない状況。 確実にペダルやカゴがお互いに引っかかっている。 ちょっと前に、無謀にも原付を自転車置き場に置いていった人がいたのだけれど、周囲の自転車たちに傷だらけにされて、いつの間にかいなくなっていた。 日々苛烈する自転車の場所取り戦線。 面倒くさいので、最近は雨ざらしのポイントが私の専用スペースとなっている。 ■9月21日 ![]() 今、冷蔵庫を開けると青唐辛子がゴロゴロしている。 一人暮らしの冷蔵庫はとても寂しい。 冷蔵庫のもつポテンシャルを決して越えることのない中身。 言い訳をするつもりも誇張するつもりも無いのだけれど、数日前は唐辛子の量がもう少しあったかと思う。 ■9月20日 「携帯のメモリーが消えちゃったから、電話番号を教えて。」 と、いうメールが来た。 久しく連絡を取っていなかった友人にあてたメールの返信がこれだった。 正直な話、数年の間連絡をとっていなかったので、向こうから連絡がくることもなくグダグダな仲だったと思う。 ここで番号を再度教えることで、お互い頻繁に連絡を取り合うようになるかというと、決してそんなことはないことがわかる。 心の奥で、ほんの少しだけ期待したものの、現実なんてそんなものだ。 番号を教えたメールの返信すら無いまま、既に数ヶ月。 一瞬でもユルい可能性を考えてしまった自分の心をいましめていきたい ■9月19日 ”カレーを盛れない”という、人生初のカレー失敗メモリアルデーを経験した先日。 初めてのツライことやショックなことがあったとき、『メモリアルデー』という言葉を使うと、何かどうでもいい気分になれる。 そんな魔法の言葉を発見した嬉しさに、物凄いイキオイで増えていった人生のメモリアルデーたち。 駄目人間とはそういうものだと思う。 もちろん、どうでもいいことに使って、さらにどうでもいい響きにすることもできる。 ■9月18日 たまに料理をすると、色々なことに気づかされる。 この前、久しぶりにカレーを作ってみた。 好きな食材をカレー粉と一緒に煮込むだけの、基本的に失敗する可能性の少ない料理の一つ。 思えば約8ヶ月前に静岡に引っ越してきて、まともにカレーを作ったのは今回が初めて。 もちろん、想像通りの出来栄え。 ご飯を炊き忘れるなんてオチをつけるつもりも無い。 ただ、この部屋にはオタマが無かった、、、。 ■9月17日 『コーラを飲むと骨が溶けるから飲んではいけません』 子供の頃、親や先生にそうやって教えられてきた記憶がある。 とにかく『身体に悪い飲み物』というイメージを徹底的に植えつけられた気がする。 基本的に飲み物が直接骨に触れることが無いので、ありえない話ではあるのだけれど、結構な期間で信じていたと思う。 なにより炭酸のシュワシュワ感が、すごく骨を溶かしているっぽい。 思い込みの激しい多感な時期に、悪意の無い嘘で子供を諭す『親』や『教師』。 今思うと、結構な頻度で騙されていたと思う。 ■9月16日 食事は専ら一人でとることが多い。 一緒に食べてくれる人がいないので仕方が無い。 5割くらいは外食なのだけれど、一人で入りにくい店がどうしても出てくる。 その代表格が焼肉屋だと思う。 鍋物屋とか飲み屋とかもそうなのだけれど、一般的にも焼肉屋が一番わかりやすい例だと思う。 一人で肉が焼けるのを見つめる状況が、切ないことが容易に想像できる。 肉を焼いている間に、話す相手がいるという状況に慣れてしまっているからだと思う。 でも正直な話、入りにくいのは最初だけで、結局は慣れなのだとも思う。 この際、一人ではやりにくいと感じることを片っ端からクリアしていきたいとも思う。 ■9月15日 最近クワを振っていない。 時々、無性にクワを振るいたくなるときがある。 真っ白な地面。 クワを弾き返す程の強固な地表。 一振り一振りに全体重を込めてようやく地面にクワが突き刺さる。 持ち上げるクワ先には、もれなく粘土質の土の塊が付いてくる。 土の付いたクワを地面に叩きつけて、土を引き剥がす。 作物が育つかどうかさえもわからない痩せた土地。 数日で私の手の皮はベロベロになって、ハシも持てなくなっていた。 そんな地面が、私の農作業デビューの相手だった。 帰国してから耕した日本の土壌が、まるでトウフのように感じた記憶がある。 どちらかというと、タイのカタイ地面の方が耕し甲斐がある。 作物とかを無視して、あくまで耕すことだけを前提として、タイの土を耕しに行きたい。 ■9月14日 うたた寝が心地よい時期になってきた。 ごろりと床に横になって、いつの間にか寝てしまえる。 寝苦しくも無いし、寝冷えすることも無く、心地よく寝入ることができる適温の自然環境。 今日も、気がつけば寝ていた。 うたた寝の寝起きは、いつも微妙な後悔がある。 うたた寝は、たとえ6時間以上本域で寝てしまっていたとしても、結局寝足りないような気がするから不思議だと思う。 寝起きを理由に物事を深く追求しないことが、自分を守ることにも繋がっているのだと思う。 ■9月13日 コンビニ強盗をする人が理解できない。 被害額が大抵6〜7万円程度ということからも、リスクと採算が合わな過ぎると思う。 かといって数千万〜数億単位になると、一気に難易度が上がるうえに、計画やら下準備やらも大掛かりになるんだろうなと思う。 作戦を練る”頭脳”が高レベルで要求される。 その他にも”強運”とかも絶対に必要だと思う。 構想に数年ぐらいかけても、上手くいくかは微妙だと思う。 こうして考えてみると、結局は安価でもお手軽な方に人の心が傾くのは分かる気がする。 天賦の才や綿密な計画を求めるよりも、利率が高いのかもしれない 。 こうして自分で色々と考えるうちに、コンビニ強盗の気持ちが少しずつ分かってきたような気がする。 ■9月12日 『実際のトシよりも若く見える』と言われることがある。 私の2コ上の兄も、その傾向がある。 友人に家族の写真を見せたときに、兄を指差して 「弟いたんだ、、、。」 と、言われたこともある。 特に海外とかに行くと、若く見られる度合いが強いらしく、ウチの兄はパスポートを見せても成人と信じてもらえず、ラスベガスのカジノに入れてもらえなかったらしい。 そのとき、ステイ先のホストファミリーも一緒に説得にあたったらしいのだけれど、結局ダメだったとのこと。 その話を聞いて、遊ぶのにもそれなりの見た目が必要と知り、欧米旅行に興味を無くした記憶がある。 ■9月11日 特に見たいテレビ番組が無いときに、時代劇を見ることが多い。 その理由は”無難だから”だと思う。 だいたいのストーリーが決まっているのでハラハラドキドキしないし、悩んだり先読みしたりする必要がない。 そして、分かりやすい。 結果、見ていて落ち着く。 抜群に面白いわけでは無いのだけれど、抜群の安心感がある。 何も考えたくないときに良い。 無意識に時代劇にチャンネルを合わせているとき、ふと自分を見つめなおしてみると、ちょっと疲れていることにも気づかされる。 ■9月10日 台所のシンクのスポンジ。 真ん中に穴が開いていて、付属の吸盤状の突起に引っ掛けられるタイプ。 ![]() 毎日ちょっとだけ目に付く。 わかっていても、ちょっとだけ目に付く。 ![]() 別にズームにして共感を求める気はさらさら無いし、これ以上深く考え過ぎて大切なものを失いたくない。 ただ、情操教育上でも想像力はとても大切だと思う。 |