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持ち込み企画 |
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■色々なところに色々なものを持ち込んだ様々な経緯をレポート。 独身男が一人部屋でダラダラしているのも虚しいので、無理矢理にでも外に出る理由を考えていた中で、下から2番目くらいの企画。 基本的に思いつきでやってみた企画なだけに、続編・第二弾の存在はほぼ絶望的なコーナー。 |
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■吉野家にタマゴ 吉野家で牛丼を食べるときは、かなりの頻度でタマゴを一緒につける。 いつも思うのが、そのタマゴの値段が1個50円もするということ。 スーパーで買えば10個パックで約200円なので、2倍以上の値のタマゴということになる。 (タマゴ一つに50円か・・・。) 吉野家に行く度に考えてしまう。 いっそのこと、自らタマゴを持ち込んでしまおうかとさえ思う。 そんな考えから生まれた、どうでもいい『持ち込み企画』。 ■2007年3月5日・快晴 やや風が強いものの、雲一つ無い快晴の空。 吸い込まれそうな空の藍に雄大な富士山が映えているのに、これからやろうとしていることはとても小さい。 タマゴをポケットにしまい込む。 準備はただそれだけ。 決行場所は国道1号線沿いの吉野家清水町店(←勝手に命名)。 時間は人が少ないと思われる14時頃。 本当は15時くらいがいいと思ったのだけれど、私自身の食欲に素直に従うことにした。 この企画に対する思い入れがうかがえる。 ポケットの中のタマゴを再確認し、これからの行動も再確認。 正しいのか間違っているのかというと、多分間違っているのだと思う。 あまり深く考えないようにしたい。 迷いをふりきって店内に入る。 私以外に客は3人、店員は2人、まあまあのシチュエーションだ。 他の客に背中を向けて座れるカウンター席に腰をおろすと、やや年配の女性店員の方がお茶を持ってきてくれる。 「ご注文は、、、」 「並盛りで」 「だけでよろしいですか?」 「え?あ、はい」 (あぶなかった・・・。) 思わず「じゃあタマゴを」と言いそうになる。 ちょっと一息ついて、お茶をすする。 (暑い・・・。) 今日に限って日差しがさんさんと照りつけ、コートを脱いでしまいたくなる陽気。 ここは室内なので基本的にはコートを脱ぐべき場所。 ただコートのポケットに突っ込まれている右手には、今回の企画の必須アイテムが握られている。 (あぁ・・・、この服装は選択ミスだ・・・。) かといって、ジーンズのポケットに生タマゴが入るわけもなく、仕方なくコートを着たまま牛丼を待つことに、、、。 ものの1分以内で見慣れた牛丼並盛りが目の前に運ばれてくる。 店員さんはそのまま厨房のほうへ戻る。 とはいっても私の手元が見える位置にいることには変わりない。 (さぁ、ここからが本番・・・。) 目を閉じてゆっくりと長い息を吐く。 ここで不自然さを見せないようにしたい。 あくまで自然に店員さんに気づかれないようにタマゴを割らないと・・・。 基本的に注意すべきは、お客さんよりも店員さんの2名に絞るのが妥当だろう。 十中八九、他のお客さんが私の手元を気にすることは無いと思う。 タイミングを見計らう。 初体験への戸惑いと焦りに駆られる・・・。 そんな不自然なそぶりを悟られるわけにはいかない。 タマゴを持つ右手にチカラが入る。 もとい、チカラは入るもののタマゴを包む手のひらはあくまでソフトにだ。 (・・・まずい。) 牛丼が運ばれてきてから10秒近く時間が経ってしまっている。 吉野家は『早く食べたい』という人々の需要から生まれたファーストフード店の一つ。 どんぶりを前に10秒間も何もしないのは明らかに不自然だ。 心なしか店員の目もこちらを気にしているようにすら感じる。 何気なく使えもしない左手で箸を持ってみたりして、『さぁ、食べますよ!』という雰囲気を出して、不自然さを誤魔化してみる。 片手でタマゴを割ることができる。 そのスキルが今回のプロジェクトにおいて、重要な役割を占めている。 もし今、両手でタマゴを割ったとしたら、それは明らかにバレバレだ。 バレずにお椀でタマゴをかき混ぜるのは明らかに無理なので、この際、直接どんぶりにタマゴを落とすのはやむをえない。 そもそもお椀をもってきていない。 ネックになるのは、『タマゴを割るときの音』と、『タマゴを割るときの高さ』。 どんぶりの真上の位置は、場所的に思いの他高い。 それとタマゴを割るときの音も気になる。 タマゴを割る音がするはずの無いポイントからその音がしたら、きっと店員さんはその不自然さに視線を向けるハズ。 そしてその視線の先には、高いポイントでタマゴを割っている私の右手が・・・、なんてことになりかねない。 (落ち着け・・・落ち着け・・・、自分が思うほど自分は人に見られてはいない・・・。) (誰もお前のことなんか見ていない・・・。)← by さくらの唄 頭の中をぐるぐる巡る葛藤。 タイミングは時間が過ぎるほど失われていく。 そして時間が過ぎるほど、不自然さが増していく・・・。 タマゴを割る音は結構大きい。 割るときの場所も吟味しておきたい。 カウンターテーブルのカドで割るのか、どんぶりのフチで割るのかで違ってくる。 テーブルのカドは木製で、どんぶりは陶器なので音的に異なる。 音質的には陶器のほうが、高くていい音が予想できる。 イヤ、別に今そんなことは求められていない。 テーブルのカドはどんぶりから離れているので、タマゴを割ってどんぶりに移動する際に白身が多少こぼれてしまう恐れがある。 もっとも、今はそんな些細なことを気にする必要もない。 そもそもどんぶりを動かせばいいだけの話だ。 事前に練習なりシュミレーションなりをしておくべきだった・・・。 そんな後悔も虚しく、時間だけが過ぎていく。 考えなしに行動すると、ロクな目に合わない。 さすが2分で考えた企画なだけはある。 (それでもやるしかない・・・。) 妙な使命感に酔いつつも決意を固める。 神経がタマゴを持つ右手に極限まで集中する。 一気に吉野家の店内が音の無い世界に突入したように感じる。 目の前は大型トラックが絶え間なく行き交う国道1号線だというのに、この無音空間はどういうことだろう・・・。 脇の下からじっとりと嫌な汗がにじむのがわかる。 通常タマゴを割るとき、コンコンと2度程叩いて割る。 これは、タマゴがどの程度の強さで叩けば割れるのかを、計算している無意識的な動作なのだと思う。 まずは軽く叩いてみることで、あとどれだけ強く叩けばタマゴが割れるのか、おおよその把握をすることができる。 でも、今回はそんな悠長なことは言ってられない。 一回でタマゴの殻を確実に割り、なおかつ、割り過ぎない微妙なチカラ加減が要求される。 強すぎず、弱すぎず、タマゴの持つポテンシャルを見抜き、同等の圧力を一点に加える。 そしてチャレンジは1回きり・・・。 静寂が包む店内、お客さんの声が沈黙を突き破る。 「ごちそうさまー、お勘定。」 「はーい」 (・・・今だ!!) 背後のテーブルのお客さんが席を立った。 店員さんが会計をするために移動する。 今まさに、私と店員さんはお互いに背中合わせの状況。 距離的には近くなってしまったものの、最大のチャンスが到来! お互いに死角の状況ではあれど、やるなら今しかない。 厨房の店員は何か作業をしているので、こちらを見ていない。 まさに絶好のチャンス!これを逃すテは無い。 一気に右手がポケットから抜き放たれる。 もちろんタマゴを扱うのだから速すぎる動きは出来ない。 そもそも食事時に素早い動きをするのは不自然なので、あくまで通常のスピードで行動に移る。 慎重になっているせいか、いささかスローモーションのようにすら感じる。 タマゴを割るのは、もちろんテーブルのカドだ。 (失敗は許されない!) そんなプレッシャーと戦いつつも、タマゴをテーブルのカドで叩く。 強く、そしてやさしく、タマゴを割るのに必要最小限の亀裂を求めて、、、。 カシュッッ (手ごたえアリ!) タマゴはいい感じにカタチを変えずに亀裂を呼び、かといってテーブルに白身をこぼすこともなく、絶妙な割れ具合でどんぶりの上へ移動。 使い慣れない左手の箸で、どんぶりの中央には穴が掘られている。 指先に牛肉が触れるくらいの近距離。 人差し指と薬指でタマゴの亀裂を一気に押し広げる。 カッシャァァ 耳に響く快音。 そして黄身は吸い込まれるように御飯の中に。 そして白身が糸を引くのも気にせずに、右手を引き寄せる。 早く隠さなくてはという思いが先行し、思わず右手でタマゴの殻を握りつぶしてしまう。 ガシュガシュガシュ 鈍い音が響くと同時に私の右手はポケットの中へ。 左手のおぼつかない箸づかいで、牛肉でタマゴを覆い隠すのもほぼ同時。 店員がこっちを見たような気がしたので、直ぐに右手をポケットから出す。 でも、手のひらは白身でべっとりなので、グーの状態のまま開くことができない。 どんぶりの死角に隠した右手のグーは、そのままガッツポーズへと変わる。 するべきことが終わると、途端に態度が堂々としてくる。 カウンターの紙ナプキンで悠然と右手を拭いて、箸を右手に持ち換える。 とりあえずコートも脱ぐ。 右ポケットの中がどうなっているのかが頭をよぎる。 お腹が減っていたので牛丼は普通に美味しい。 満足感はあるけれど、それはあくまで空腹が満たされたからのような気もする。 この精神的な疲労はなんだ? そもそも『タマゴ一個分得をしたという気分』を得るのがこの企画の本質。 とりあえず、そんな気分にはなれそうもない。 ※テーブルに牛丼が運ばれてから食べるまでの時間 ≒ 15秒 ※良識のある人はマネをしないようにしましょう。 |
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