春はピンク色から始まる季節『2008年・春』です。
バックナンバートップページへ


■5月31日

「きっと年上の女性に人気ありますよ!」
って年下の女性に言われた。

微妙だなと思った。


多分年上の女性からは逆のことを言われるのだろうなとも思った。




■5月30日

身体がズッシリと重い。

物理的に体重が2倍くらいになっているような気さえする。

肉体疲労時によく生じる現象だと思う。


身体がそんな状態のときは、そのぶん頭の中が軽くなっているのだと思う。

考えて行動することが出来ないうえに、つい迂闊なことを口走ってしまいそうにもなる。

身体を動かすのがしんどいからなのか、とりあえず口だけが顕著に動く。

身体が重くなったぶんのバランスを、口を軽くすることで対応しているのだとしたら、我が身体ながら雑なコントロールをしているものだと思う。




■5月29日

眠いときというのは、たとえほんの数秒でも眠りたいと思うものなのだと思う。

パソコンが処理動作を行う4〜5秒の間だったり、ドアの鍵を開ける際に立ち止まる1〜2秒の間だったりと、とにかく瞼を閉じたくてしょうがない。

あわよくばそのまま寝てしまおうというメンタルな部分と、次の動作へと身体を動かすフィジカルな部分のバランスが崩れる一瞬。

フッと記憶が途切れ、重力のままに身体が床へと向かって加速度を増す刹那、危険を察知するのか身体だけが反応してくれる。

一瞬記憶が飛んでいるのでハッキリとは憶えていないのだけれど、フラッとよろけつつもそのまま倒れないあたり身体の防衛機能はたいしたものだと思う。

でもさっきトイレに行ったときは、倒れていなくても色々と大惨事になるところだった。

あぶないところだったと思う。

それをさせなかったのは、人間の持つメンタル面の防衛機能だったのだろうとも思う。




■5月28日

バラといって思い出すのは、多分赤色のバラが一般的だと思う。

赤い色のバラが日本人の持つバラのイメージなのだと思う。

そんなイメージを踏まえて、『バラ色』って何色だろうと考えてみたい。

『バラ色の人生』という表現を、『赤色の人生』と言い換えると途端にダークなイメージへと変わる。

『バラ色の人生』=『華やかな人生』という意味合いがあるらしいけれど、じゃあ別にバラでなくてもいいだろうとも思う。

『カスミ草色の人生』
『タンポポ色の人生』
『サルビア色の人生』
『菊色の人生』

途端に侘しさや、どうでもよさや、切なさがただよいだす人生。

『バラ色』とまではいかないまでも、せめて『スズラン色』くらいは期待してもバチは当たらないだろうと願いたい。




■5月27日

「それはピーしてからじゃなきゃダメよ。」

近所のスーパーにて、会計前にお菓子を食べようとしていた子供を母親がそう言ってたしなめているのを耳にした。

バーコードリーダーが主流の今、レジを通すことを『ピーする』と子供にわかりやすく表現たのだと思う。

(ピーする、か、、、。)

(ピーしてからじゃなきゃダメよ、か、、、。)

色々なことを想像してしまうのは、私が大人になってしまったからなのだと思う。


人の多い場所でひとりニヤニヤしていると、いろんな人から社会的にダメなものを見る目で見られてしまうので気をつけたい。




■5月26日

コンビニでなんとなく買ったヨーグルト。

プロなんとかヨーグルト

下のほうに『森下仁丹(株)との共同開発〜』と記載されていることに気づく。

『仁丹』って響きがなんとなく懐かしい。

そういえばウチの父親も、昔『仁丹』を愛用していたと思う。

あのちっちゃい銀色の粒々。

効能の中に口臭予防というのがあったと思うのだけれど、子供ごころにそのニオイ自体が臭いと感じた記憶もある。

10年以上前の中高年が口臭予防と引き換えに身につけていた『仁丹臭さ』。

私達も中高年になる頃には、『ブレスケア臭い』とか思われる日がくるのだと思う。




■5月25日

以前タイのとある農園にいた頃、その農園で『ナーセック』という名のネコが飼われていた。

額から鼻先にかけて、線を描いたような模様がある特徴的な顔のネコだった。

『ナーセック』という名前の響きが好きで、結構お気に入りでもあったので、よく呼びかけていたことも憶えている。

タイ人のネーミングのセンスの良さすら感じていたあの頃。


ある日、ナーセックの名付け親でもある農園のタイ人スタッフに聞いてみたことがある。

「『ナーセック』ってどういう意味ですか?」
「ん?ああ、『顔にラインがある』っていう意味だよ。」
「(・・・・・・・・・・・・そうなのか。)」

そのとき初めて、そのネーミングはどうなのかと思った。


日本人と違って、タイ人が名前を付けるときは信じられないくらいに何も考えていないということに気づくのは、それからずっと後のことだったと思う。




■5月24日

ふと窓の外に目を向けると黒猫が座ってた。

不吉なイメージを持たれている傾向がある黒猫だけれど、実際は幸運の象徴としてみられている例のほうが多い。

調べてみると、魔よけ厄除けに加え、恋煩いにまで効果があるとされていたりもするから驚きだ。

カーテンの隙間から窓越しに隠し撮りをしようとコッソリとシャッターを切ってみる。

きっと良いことがありそう、、、。
思いっきりカメラ目線の黒猫。

どうやら私の行動はバレバレだったらしい。

しかも幸運をねだっている私の下心を見透かすような眼光。

とりあえず良いことが起こると信じておきたい。




■5月23日

仕事の都合上、とあるサポートセンターと電話のやりとりをした。

こちらの質問に対する新米オペレーター(多分)の対応が全然要領を得ない。

(いや、聞いているのはそういうことじゃない。)

(さっきと言ってることが違うだろう。)

間に口を挟むのは好きじゃないので、一通り聞いてから再度確認してみるものの、いまいち説明の理屈があっていない。

たぶん向こう側もよくわかっていないのだと思う。

仕方が無いので、こちらが順序立ててオペレーターの説明の間違いを説明したりもした。

解決どころか先へ進む気配すら感じられないまま、迷走していく電話のやりとり。

そして一向に終わる気配をみせない私の仕事。




■5月22日

白衣を着る仕事をしていたことがある。

血液検査室で働いていた為、一日に数千の血液検体を処理していく中、白衣に血が付くことは珍しいことではなかった。

場合によっては大量の血液が白衣にベットリとつくこともあった。

基本的に白衣は全員まとめてクリーニングに出すのだけれど、血がついた白衣は業者が持っていってくれないらしく、そのまま手元に戻ってきてしまう。

仕方が無いので自分の家の洗濯機で洗うハメになるのだけれど、面倒なのでしばらくそのまま着ていたりすることもあった。

その他様々な染色液の影響もあり、ムラサキやピンクなどの強烈な色素も付着していく白衣。

白衣の清潔感どころか、芸術家を彷彿とさせるような服装の人たちがうろついていた検査室。

他の検査室の人たちから、その白衣はどうなのか?とツッコまれることも多々あった。

今思えば、近寄ることもためらうような異様さがただよっていたような気もする。

例に漏れず私もその中の一人ではあったのだけれど、人目につかない裏方の人間にとって、それはあまりにも普通すぎる日常の1コマだったのだなと思う。




■5月21日

朝型か夜型かと聞かれると、どっちでもないと思う。

なんだそれはと思われるかもしれないけれど、多分そうなのだと思う。

毎朝早く起きていれば朝に強くなれるし、毎晩夜更かししていれば夜に強くなるのだと思う。

でも朝に強い人は夜に弱いし、夜に強い人は朝に弱いというバランスがとれているようなことも言えると思う。


そんな過程を踏まえて、朝早くに起きて深夜帯まで活動する日が続いた場合、統計的に自分が朝に強いか夜に強いかが実感できるのではないかとも思う。


面倒なので結論から言うと、そんな生活をしている人間は朝も夜もまんべんなく精神的に不安定になっていくだけなのだと思う。




■5月20日

昨日の時点で風邪を引いていたのかもしれない。

朝起きたときに、今日は異様な寒さだなと思っていたら、着ていたTシャツが寝汗でぐっしょりだった。

もともと風邪の自覚があまりなかったことと、汗をかいたこともあってかそれほど体調も悪くはなかった朝。

幸い今日は仕事が休み。

全快することを願ってもうちょっと寝てみることにした。


結論からいうと、最初に起きた時点で着替えをするべきだったのだと思う。

休日の午前中を犠牲にして、自覚できるくらいにまで成長した風邪の症状。


症状を朝の状態にまで戻すことに専念した休日の午後。

そしてまた全快を目指す休日の夕方。


今後の休日は、休日であることを目指していきたい。




■5月19日

『ピンチはチャンス』などという言葉がある。

窮地に陥ったときこそ自らが成長するチャンスでもある、ということなのだと思う。

こういう話を聞いているときは、気分が向上して前向きな気持ちになれる。

過去のピンチを切り抜けて成長してきた自負がそうさせるのだと思う。

もうピンチなんか怖くないし、むしろ受けてたつくらいのイキオイだったりもする。


でも実際はピンチの際にそんなポジティブな思考なんて持てるハズがないのだと思う。

そんなことを考える余裕が無いからピンチなのだと思う。

基本的にチャンスと思えるピンチなんて無いのだと思う。




■5月18日

この前友人の母親の話を聞く機会があった。

「女性はね、『妻』と『母』の比率は『妻』のほうに重点をおかないとダメよ。だって子供が育てばいつかは『母』から『妻』に戻るんだからね。」


人生の先輩の言葉は聞いていて面白いし、妙に感心してしまうフレーズがそこここに表れるのがいい。

別に私は結婚もしていないし女性ですらないのだけれど、きっとその通りなのだろうなと納得していた記憶がある。


でも改めて考えてみると、多分『妻』と『母』の部分が反対だったとしても、それはそれで納得出来てたんじゃないかという気もする。

おそらく目上の人が言っているのであれば、何でも納得してしまう性格なのだと思う。

お手軽に騙されて壺を増やしていくタイプなのだと思う。




■5月17日

タイに住んで居たとき、食文化の違いの話題で村人たちと盛り上がったことがある。

村の中に日本人は私一人だったということもあって、現場は孤軍奮闘の様相を呈していた。


「日本人は魚を生でたべちゃうんだってな〜!!」

そんなタイの若者の言葉に、やや異質なものを見るような視線が私に集中する。

日本人側として言わせてもらうと、タイ人が豚肉や鶏肉を平気で生で食べていることにツッコミを入れたいところだ。

「タマゴも生で食べちゃうらしいよ!!!」

そう言いながら、飛んできたカブトムシを捕まえて口の中に放り込む彼。

文化や価値観はそれぞれなのだなと思った。


『多数決』という『常識』の中で、完全にマイノリティとして笑い者にされた一日。




■5月16日

お寿司をごちそうになってきた。

三島の穴場・お寿司屋さん『寿みた』

口にする度に思わず目を閉じてうなってしまう贅沢な味わい。

今までの外食人生の中で、確実にベスト3には入る美味しさだと思う。

オゴってもらっておいて言うのもなんだけれど、思いの他リーズナブルなのも嬉しい。

でも基本的に私が美味しいと評したところで、このブログの性質上、お店側にとってあんまりプラスにならないような気がしないでもない。

まぁ、ちょっと検索すれば簡単に探すことも出来るので、その辺は各々の自主性におまかせしたい。

決断を他人に委ねることで、力石のブタ抜きのごとくスルスルと責任を逃れていく駄目な処世術が見え隠れする。




■5月15日

『色んな意味で〜』という表現をたまに耳にすることがある。

ある物事に対して直接的に言うのを避けて、且つ含みを持たせた言い方として重宝されるこの表現。

使いやすいこともあって私もたまに言ってしまうことがあるのだけれど、その度に後悔の念に襲われてしまう。


色々な意味で美味しい、、、。
色々な意味で寒い、、、。
色々な意味で使えない、、、。


本当は色々な意味なんて無い。

せいぜい2通りぐらいの意味しか含まれていないと思う。

上手い表現が直ぐに出てこないときや、考えるのが面倒なときに、この言葉で誤魔化しているのだと思う。

それでも聞き手側には、深い意味があるように錯覚させてくれるこの表現。

今後は自分自身を評価するときのみに使用していきたいと思う。




■5月14日

昨日墓参りに行ってきて、小一時間しっとりと雨に降られてきた。

そのせいか帰りは微妙な頭痛と熱っぽい感覚。

とりあえずアイスとジュースを2個ずつ買って、食べ歩きながら家路につく。

熱っぽい身体を内側から冷やす心地よさ。

そしてアイスが無くなったら途中のコンビニで補充。

自分の好きなように行動できるのが大人のいいところなのだと思う。

アイスを食べるほどに頭がぼんやりしていくのがわかる。

部屋に着いた途端に倒れ込むように寝たのだけれど、タクシーで帰ったほうが確実に安上がりだったとも思う。

でも寝込んでいる間は食費が浮いたので、五分五分だったのではないかとも思う。

これからも風邪の引き始めには、大人の対応をとっていきたいと思う。




■5月13日

学生の頃、おばさんたちの香水の匂いが理解できなかった。

どう考えてもイイ匂いではないし、むしろ気分が悪くなっていたと思う。

「なんで大人はみんなあの香水をつけてるんだろうねぇ?」
という私の疑問に対し、友人の一人が
「きっと俺たちも、いつかあの匂いにグッとくるようになるんだよ、、、。」
と悟ったようにつぶやいていたのが記憶に残っている。

そのときは、その友人がちょっとカッコ良く感じたりもした。

きっと彼はその時既に大人の階段をのぼりかけていたのだと思う。


私の場合、今までの人生において何故だか香水をつけている女性との関わりが極端に少ない。

だからなのか、今でも香水は好きじゃない。

私に大人になりきれていない要素があるとするならば、それは周囲に香水をつけている女性がいないせいなのだと思いたい。




■5月12日

かえるが目立つ季節になってきた。

我が家のかえるくん
窓を開けるといつも定位置に居座っているヤツ。

やや太り気味で、貫禄すら感じる風体。

多分同じヤツなんだろうなと思う。


顔を近づけてみてもカメラを近づけてみても、微動だにしないふてぶてしさ。

指で背中を軽くぷにぷにと触ってみても、まったくの無視。

多分かなり下のほうに見られているのだろうなと思う。




■5月11日

美味しいものを食べると、単純に人は幸せな気分になれるのだと思う。

だから美味しい料理を作れる人は、それだけで人を幸せに出来るのだと思う。

でも、料理が上手い人の功罪として、食べた人の幸せのハードルを高くしてしまうということも考えられるのではないかとも思う。

裏をかえせば料理下手な人は、食べた人の今後の幸せを増やしてくれているということなのだと思う。

ある意味それは、日々の日常に幸せが転がっている状態とも言えなくもない。


この考え方は、当時料理が下手な人への励ましの言葉の一つでもあったと思う。

根本的な問題に一切触れようとしない励まし。

その効果は極めて不評だったと思う。




■5月10日

眠らなくても平気なときがある。

お腹が減っていなければ無理に食べなくてもいいように、眠くなければ夜遅くても無理して寝る必要は無いのだと思う。

以前1日1〜2時間の睡眠で数年間過ごしていたことがあって、それ以来、身体が慢性的に睡眠不足慣れしてしまっている傾向がある。

今でもたまに夜寝ないで過ごす日があったりするのだけれど、それほどしんどさを感じていないような気もする。

身体がだるいような感じもあまりない。

でも最近、気がつけば風呂の湯船で力尽きて寝ていることが多いのは、やっぱり疲れているからなのかなとも思う。

自己管理とかいう以前に、『感覚』を一から学ぶことが必要なのだと思う。

大人として、『目が覚めたら全裸で風呂場』というシチュエーションは、出来れば月イチくらいに抑えておきたい。




■5月9日

今日は夜遅くから雨の予報がでていた。

カサをなくしてから、日々の空模様に敏感になっている傾向がある。

大丈夫だろうとは思いつつも、一応昼のうちに洗濯物を取り込んでおく。

とりあえずこれで雨が降ってきても、自分が濡れることを心配するだけでいい。

まぁ、そんなときに限って雨は降らなかったりするものなのだろうと考えたりもする。


実際雨が降り出したのは深夜帯。


そして今、水をしたたらせながら部屋に帰ってきたばかりの自分。

もう27時過ぎ。

きっと世の中にはあらがい難い事象が存在するのだと思う。





■5月8日

喫茶店や飲食店の会計時でもめるのが好きじゃない。

よくおばちゃんたちとかが、私が私がと伝票を奪い合っているのを見るとアホらしく感じてしまう。

そんなしょうもない行為をしないように、会計の主張は1回までと決めている。

「ここは私が払いますよ。」
「いや、いいですよ。私が払いますよ。」
「いやいや、私が払いますって!」
「そうですか、ではお願いします。」

10秒足らずで不毛なやりとりが終わる。

基本的にオゴりたいと言っているのだから、オゴってもらうことにさほど抵抗はないし、たとえ相手が年下だろうが、払いたいのならば払ってもらっていいのだと思う。

それで相手が満足するのならば、何の問題もないとも思う。

決して自分がオゴりたくないわけではないし、むしろオゴりたいとすら思っているのだけれど、もうかれこれ年単位で人にオゴっていない。

最近ではすっかり油断して、財布の中に千円ぐらいしか入っていなかったりもするのだけれど、なんとかなってしまっているのがタチが悪いと思う。




■5月7日

何事にも先入観を持つのは良くないと思う。

もとより他人の評価や批評を気にするほうでもないので、物事の良し悪しは基本的に自分で判断することが多い。

そういう行動をとっていると、ものすごく失敗が多い。

物事をまだよく知りもしない人間が、自分の範疇で世の中を相手に出来るほど甘くは無いのだと思う。

でも結局は自分で失敗してみないと気づけない性格なので、これでいいのだろうとも思う。




■5月6日

以前世話になっていた栃木のキャンプ場に行って来た。

快晴の日差しが降り注ぐ日中においても、常に涼しい快適空間がそこにある。

5年ぶりなので結構感慨深い。


ゴールデンウィークも最終日で、お客さんもほとんどいない静かな午後。

当時みんなで作成したログハウスたちもちゃんと現役でがんばってた。



観光客の方々が一気にタケノコをむさぼっていった竹やぶを避けて、裏手の手付かずの竹やぶへ。


2〜3分で簡単に収穫できる。ついつい夢中になってどんどん獲っていきたい衝動に駆られてしまう。

ほどよく小ぶりのものを、荷物にならない程度の量で止めるのがポイント。


ちなみに管理人さんのご夫妻にはちゃんとアイサツしています。

決して勝手に行って勝手に獲ってきているわけではありません。

我ながら大人になったのだなと思う。




■5月5日

最近見かけたCCレモンのテレビCM。

♪5時間目まで チャック全開 情けない〜♪
♪5時間目まで チャック全開 情けない〜♪
♪誰か言ってよ! そんなときには♪
♪Let's C.C.Lemon!!♪


彼が5時間目までトイレに行っていないことが単純に凄いと思う。

もし彼がトイレに行っていたのだとしても、それはそれで凄いとも思う。




■5月4日

イヤなことを先送りにしてしまうことはよくあることだと思う。

やらなきゃ、やらなきゃ、と考えながらも中々手につかなかったりもする。

そしてそんなときに、予期せずしてさらに凄くイヤなことが起こったりもする。

まさに『泣き面に蜂』と思いがちなのだけれど、その場合、案外最初に感じていたイヤなことが、そうでもなくなっていたりもする。

新たに登場した凄くイヤなことを先送りにするために、とりあえず最初のイヤなことをやろうかという気になったりもする。

そして実際にやってみると、確かにイヤではあるものの問題が一つ解決に向かい、身軽になれたりもする。

イヤなコトは細かい面倒事を一気に片付けてしまえるイイ機会だったりもするのだと思う。

そんな考え方もある。

文章の語尾が断定ではなく、『〜だったりもする』としているのは、そうではない救いようのない事態が現実にはあることが、無意識にそうさせているのだとも思う。




■5月3日

マスカットの香りつきトイレットペーパー

特売だったトイレットペーパーを購入。

よく見ると『マスカットの香り』と記載されている。

なるほど確かにほんのりと芳香が感じられる。

でも、それはどうなんだろうとも思う。

そんなささやかな香りでは誤魔化されないという現実を気づかされるだけじゃないかと思う。

いや、むしろ再認識というべきか、、、。


この中途半端な微香が、今後のトイレタイムに新風を引き起こす予感。

便座に座る姿勢がそのまま落ち込むポーズにならないように、強い心を身につけていきたい。




■5月2日

「何か食べたいものある?って聞いたときに、なんでもいいって答えられるのが一番困るぅ、、、。」
という女性のセリフはよく耳にする。

確かに突然聞かれるとスグに答えることができず、
「なんでもいい」
と答えてしまうことはよくある。

でも
「じゃあハンバーグで。」
とか言ったら言ったで、大抵
「え〜、面倒くさい、、、。」
という否定の言葉がかえってくることもよくある話だと思う。

とどのつまり『何か食べたいもの』とは、聞き手の意思とは無関係に答えが存在しているものなのだと思う。

多分、『カレー』とか『そうめん』あたりが正解なのだろうと思う。


「何か食べたいものある?」という問いかけが、
「私がラクして作ろうと思ってる今夜の夕食を当ててごらん?」
ということと同義語なのだと気づくことが、円満な大人の会話への第一歩なのだとも思う。




■5月1日


今年に入って何度目かの布団干しっぱなし。

朝の7時から約16時間の長期にわたって外の空気にさらされていた布団。

しかも今日は敷布団も一緒に干してある。

こうなることは容易に予想が出来るハズなのだけれど、毎回昼過ぎぐらいにならないと気づけない。

もちろん気づいてもどうなるものでもない。

この場合、今夜の寝床の冷え具合を予想しておくことが重要といえる。

私のように布団干しっぱなしのベテランになると、後悔の念なんて微塵も感じない。

一番大切なのは、布団の冷え具合を予想の範疇にしておくことに限る。

むしろ、
(案外冷えてなかったな、、、)
と思えるぐらいのレベルまでの低い予想が理想ともいえる。

マイナスの要素から、ちょっと幸せな気分をつかみとるチャンスだ。

自分を傷つけない為に長年培ってきた『低い予想テクニック』。

そして今日も、全身に冷えピタを貼り付けられたような悪寒を感じる布団が私を待っている。




■4月30日

近所で断水になったというニュースが流れた。

そういったインフラの使用制限を聞くと、沖縄に住んでいたときのことを思い出す。

西表島に住んでいた頃は、台風の度に停電・断水が3〜4日は続くことがよくあったと思う。

外は暴風雨で出られない。

窓を開けることなどもってのほか。

エアコンもつけられない締め切った部屋の中で、真夏の湿度を存分に体験していたあの頃。

狭い部屋でロウソクなんかをつけていたものだから、かなりの不快指数だったと思う。

ただ、唯一仕事を休める自然現象でもあったため、それほどイヤでもなかった記憶がある。

何もしない時間を過ごせることが至上の幸せだったあの頃。

不便な状態は裏を返せば幸せいっぱいの状態でもあるのだと思う。