『2008年・冬』です。
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■2月29日


以前、複数の人を案内するような仕事をしていたとき、お客さんたちに伝えるときは、個人と目を合わせずに全体をボンヤリと見て話す傾向があった。

最近ふと気づいたのだけれど、どうやら1対1で話すときにも相手のことをよく見ない癖がついてる。

これはいけないと思い、意識して相手の目を見て話してみたものの、慣れていないせいか予想以上に続かない。

思春期のように思わず目をそらしてしまう。

そういえばガイドの仕事を始めたあたりから、人を好きになる理由に『顔』が重要度を占めなくなった気もする。

『大切なのはハート』だとかそういうご立派なことではなくて、単に『なんとなく』で良しとしているのだと思う。

最近目が悪くなったことも手伝って、物理的にも人をボンヤリと見ていることが多い。




■2月28日


近所のスーパーでコパンを見かけて買ってきた。

コパンの功罪

このお菓子が出た当初、いまいち買おうという気にはならなかったのだけれど、何かの集まりで食べる機会があって、予想外に美味しかったことに気づかされた記憶がある。


そのイベント最中、周囲の皆も同じような感覚だったらしく、ほどなくして一人の女性が近くの男性にコパンを勧め始めていた。

「ねぇ、これ美味しいよ!」
「ん?へぇ〜そうなんだ。」
「ホントに美味しいよ!食べてみてよ。」
「あぁ、どれどれ、、、、、あっ!結構ウマいね。」
「でしょ!」

そんなやりとりを小耳に挟みながら、ちょっとだけ先にコパンの美味さに気づいていた自分に優越感を感じるひととき。


勧められていた彼も、しばらくコパンをむさぼっていたのだけれど、さすがに飽きてきたのか他のツマミを食べ始めていた頃、別の女性がまた彼にコパンを勧め始めた。

「ねえねえ、これ知ってる?美味しいよ。」
「ん?あぁ、そうだね。」
「ねえ!ホントに美味しいんだって!食べなよー。」
「あぁ、わかったよ。うん、美味いね。」

面倒くさそうに受け答えしていた彼。


宴もたけなわな頃、4〜5人目の女性が同じ要求をしてきたときは、酒もまわってややイラついていた彼。

「うっせーな!コパンがウマいことぐらい知ってるよ!」

狭い部屋に響くどうでもいい彼の叫び。

皆が何事?と彼を見守る中、その原因がコパンだということを知っていたのは多分私と彼だけだったと思う。

コパンを見かける度に思い出す、コパンが起こした功罪。




■2月27日

寝起きに電話をとると、大抵寝ていたことがばれる。

だいたい2コールぐらいで携帯を手に持って、誰からの着信かを確認して、一息ついてから4コールぐらいで電話をとる。

寝ていたことを悟られないように、若干高めの声で受けたりもする。

我ながら完璧なまでの第一声だと思う。

そして完璧なまでに統一される相手側の第一声。

「あ、ごめん、寝てたね。」
「お休みのところすいません。」
クスッ、、、ごめんなさい、今大丈夫ですか?」

ちょっと笑われてしまうくらいバレバレな理由が、未だに自分ではまったくわからない。




■2月26日

高校の頃、担当の先生によって授業中の過ごし方が様々だった。

基礎解析の先生は全然叱らないので、専らお喋りの時間。

物理の先生は淡々と授業を進めるので、睡眠の時間。

英語の先生は生徒を指す傾向があるので、寝ずに妄想する時間。

日本史の時間は曜日的に漫画週刊誌を読む時間。

化学の授業中においては、とても人には言えないようなことに熱中していた。

今考えると、もうちょっとマシな時間の使い方をすればよかったと思う。

ただ、『あの頃に戻ってみたい』と思うことはあれど、授業に熱中することは無いのだろうとも思う。




■2月25日

『今、ハンドボールが熱い!!』。

そんな話題が出ていた数週間前。

『秋葉原が熱い!』『美容師が熱い』『落語が、、、』『韓流が、、、』

みんな熱狂に近い騒動を起こしておきながら、気がつけばすっかり元通り。

どんなものでも熱くしてしまう『流行』は凄いと思う。

世の中の流れに疎い私は、無意識に熱いものをスルーしてきていた気がしないでもない。


もちろん熱いものを感じていない訳じゃない。

『おでんが熱い!』『肉まんが熱い!』『お風呂が熱い!』

冬の時期ならではのラインナップ。

これからも流行に流されずに、物理的な熱さを中心に感じていきたい。




■2月24日

目が冴えてしまって全然眠れないときがある。

そういうときは開き直ってずっと起きていたりすることも多い。

それはそれでいいとして、寝てる場合じゃないようなときに、ほぼ間違いなく眠くなるのが問題なのだと思う。

睡眠時間を削る必要があるときに限って、いつもより早く眠くなったりもする。

(明日の朝早く起きて、、、。)
と、いう考えは経験上成功した試しがないので避けたい。

仕方なしに眠い目をこする夜。

不定期に訪れる眠気の波の中で、
(もういいよ、、、もうだめかも、、、寝てしまおうよ、、、。)
そんな甘いささやきが頭を駆け巡る。

『頭を駆け巡る』と書いたものの、基本的に自分が口に出して言っていることが多い。

「どうしようかな、、、どうするぅ???あはははは、、、。」

眠気に侵されて正常な思考能力が消えていく中、二重人格になりかける一歩手前のあたりで、寝ることにしている。

多分手遅れなのだろうとは思う。




■2月23日

ふと、友人が放った一言。

「バービーボーイズのエンリケに似てるよね。」

(えええっ!!)

エンリケの顔が思い出せないし、全然ピンとこない。




■2月22日

数年前、所用でラオスに行ったときに、偶然乗り合わせたバスでスィノアンと名乗る青年に出会った記憶がある。

「ボクは日本の女性が大好きでねぇ。」
と、問題発言ギリギリの言葉で私に話しかけてきた彼。

「日本の女性を確実に落とせる口説き文句を教えてくれないか?」
と、鼻息も荒く迫ってくるその姿は、犯罪者の風格すら見え隠れしていた彼。

(面倒くさいのに捕まったなぁ、、、。)
と思いつつも、とりあえずどうでもいいような日本語を伝授したあの日。

そもそもそんなセリフがあったらコッチが教えて欲しい。

当時は『ちょうどいい暇つぶしになった』、ぐらいに考えてすっかり忘れていた出来事の一つ。



そして数年後、日本の深夜バラエティ番組にヤツが出てきたのを見たときには思わず目を疑った。

さらに私が教えたセリフをヤツが連呼していたことに思わず耳も疑ってしまった。

「このセリフは日本人に教えてもらったんだぁ!」
と、ブラウン管の向こうで下品に笑うヤツを見ていて、何故か自分が恥ずかしくなってきたことを憶えている。

自分の名前が出やしないかというドキドキで、身体が震えたことも憶えている。

人にものを教えるということは、それなりのリスクを背負うということを体感できたあの日。

とりあえず、これからも人にはものを教えないことでリスクを回避していきたい。




■2月21日

今対応している仕事内容の都合上、一日中延々とマウスをクリックし続けている。

多分『まばたき』よりもマウスクリックの回数のほうが多んじゃないかと思う。

もちろんある程度考える必要はあるのだけれど、慣れてしまえばマウスを動かす手を止めるほどでもない。

右手だけが常にマウスパットの上をせわしなく動きまわっている。

仕事を始めて2時間ぐらい経ってから、ようやく自分の左手がずっとポケットに入ったままだったことに気づいたりもした。

悪霊が憑いているかのように、右肩のコリが尋常じゃない。




■2月20日

仕事が終わって部屋に戻ると、布団が干したままだった。

月明かりの眩しい夜。

月明かりに照らされて、ヒンヤリ夏向きの肌触りに仕上がった布団。

ヒンヤリどころか氷のように冷たい。

部屋の中に入れて数時間経つというのにまだ冷たい。

布団がこんなにも保冷能力があるものとは思わなかった。

この時期に寝床が寒いと一段とわびしい。

その原因が自分自身というのが余計に物悲しい。




■2月19日

コーヒーを飲むときはブラックで飲むことが多い。

数年前にタイに住んでいたときからだと思う。

子供が普通に裸足で歩いているくらいド田舎だったにも関わらず、飲み物と言えば水かコーヒーというくらい、コーヒーがメジャーな飲み物だった。

甘い辛いが極端なタイ人たちは、コーヒーに大量の砂糖を入れて飲む。

砂糖水というよりも、シロップに近い状態になってる。

「砂糖はちょっとだけ入れて欲しい。」
という私の希望もむなしく、『ちょっと』の基準が既に崩壊している。

「甘くないとコーヒーが美味しくないじゃない!」
とまで言われる始末。

半ばヤケになって、
「砂糖を入れるとコーヒーの味が無くなるから入れないで!」
という理由をつけて、あえてブラックを飲むようになった。

『小さじで2杯くらい』とか『若干甘みを感じるくらい』とかの微妙なニュアンスをタイ語で表現できなかった頃の、苦肉の極端策だった。

別にコーヒー通でも何でもないし、インスタントだし味のこだわりとかも元々無い。

そしてなにかと頻繁に登場するコーヒー。

最終的には
『日本人はブラックのコーヒーが大好き』
という印象までつけてきた。

タイの片田舎のとある農村では、きっと今でも『日本人』イコール『ブラックコーヒー』という図式が存在していると思う。




■2月18日

ここ最近、気づくと寝てしまっていることが多い。

そして大抵深夜2時くらいに目が覚める。

消していない電気が眩しいうえに、つけっぱなしのテレビがうるさい。

何より寒い。

そのせいかトイレも近い。

眠りを害する要素が盛りだくさんなので、起きてしまうのも無理はない。

とりあえず上記の要素を全て排除して、布団の中へ。

その後にパソコンがつけっぱなしだったことに気づいたりもする。

しぶしぶ布団から這い出して、マウスを手にとるのだけれど、せっかくなのでメールチェックしたり、お気に入りのページを見たりと、不毛な時間を費やしてしまうひととき。

基本的に深夜なのでページは更新されていないし、メールもきていない。

メールがきていないことに関しては、別に『深夜』が原因なわけでもない。

色々な意味で、寒くてわびしい。




■2月17日

体温計の必要性がよくわからない。

この部屋に体温計が無いことを人に話すと、すごく驚かれることがあるのだけれど、その度に違和感を感じてしまう。


(ちょっと熱っぽいかな、、、風邪ひいたかな、、、。)
と、その程度のレベルなら布団かぶって寝てれば治ると思うし、心配なら風邪薬を飲めばいいと思う。

ワザワザ体温計で体温を測る必要はないと思う。


(頭がガンガンする、、、ボォーっとするし、絶対熱があるよぅな、、、。)
と、そんなときはまず病院に行くべきだと思う。

明らかに熱があることが分かっている状態のときに、ワザワザ体温を測ってどうするのかと思う。

医療の知識もない人間が、自分の正確な体温を知ったところでどうなるものでもないと思う。


私の持論としては、体温計とは自分以外の人間の体温を知る為の道具なのだと思う。


きっと保健の先生が学生の仮病を暴く為の道具として、今もなお有意義に存在しているのだと思う。

余談だけれど保健の先生は、体温計の先端を布団に高速でこすって望みどおりの温度を出すという学生苦肉の策を、難なく見抜く能力も兼ね備えていたと思う。




■2月16日

『ヘビに睨まれたカエル』という言葉がある。

天敵のヘビに睨まれると、カエルは恐怖で動けない様子から、そういった状態を人間関係に置き換えて揶揄するときに使用されたりする。

でも実際は、ヘビの視力の悪さ等の特性を見抜いたカエルが、身体を動かさないことで、ヘビをやり過ごす様から生まれた言葉らしい。

実際カエルが動かなければ、ヘビはカエルを見失って捕まえることが出来ないという。


タイに住んでいた頃、ヤシの木の根元でうたたねしていて、フッと気づいたとき、目の前を約4メートル強の大蛇が通過するところだった。

太さは自分のフトモモ以上あったと思う。

思わずビクッとした途端、ヘビの頭がこっちを向いた。

まさにイービルアイ。

その強烈な眼光に、動きたくても動けない金縛り状態。

実際ヤツに見られてた時間は1秒にも満たなかったのかもしれないけれど、永遠にも感じた命の危機。

ヤツは動けない私から視線をそらし、無言で(当然)その場を去っていった。

冒頭の書き出しの通り、動けなかったことが幸運にも自分の身を救うことになっていたことがわかる。

あの日以降、外で寝るときは必ずクワを抱いて寝るようになった。

数日後、タイのお父さんと2人で大蛇に遭遇し、撲殺。

重いし長いし持ちにくいし、やたら捌く手間がかかる割に、味はそれほどでもなかった。




■2月15日

先日も書いたけれども、今より輪を掛けてバカだった頃は、ちょっとした計画を企てて楽しんだりもした。

その企てにはもちろん騙しや嘘がつきものだった。

嘘と言ってしまうと印象は悪いけれど、サプライズパーティーのようなカワイイ隠し事程度のことと思って欲しい。


ある程度の複数の人間が計画を実行するにあたって、色々な面で口裏を合わせていく。

最終的にターゲットの驚く顔が見たいが為に、奔走する仲間たち。

当時自分のことしか考えていなかった私は、その計画を見えない部分で台無しにしたりするのが得意だった。

ターゲットが気になる女性のときなどは特に、最後の最後でコッソリとネタばらしをしてしまうこともあった。

「今まで嘘ついてたけど、本当は○○なんだよね、、、。」
「えっ?!そうなの?」
「うん、実はね、、、(ニヤリ)。」

『騙していたけれど、やっぱり嘘のつけない正直なボク』的な演出。

『ボクだけは君の味方だから』的に、仲間を差し置いてイイところを総取りするという裏切り。

彼女は直前に騙されていたことに気づかされるものの、計画の全容を知った上で最後まで快く付き合ってくれる。

事情を知っているだけに、ある種の優越感さえ出てくるのだと思う。

もとろんその時点でバレていることは言わないので、計画自体は表面上成功をおさめる。

みんな満足。

誰も傷つかない。

その中でも周囲に差をつけて、ひと際好印象を掴み取る私。

忘れた頃にそのことが明るみに出たとしても、大抵は時効になっている。

そもそも計画の発端が自分なのだから、ハナっから計画通りだったともいえる。




■2月14日

バレンタイン・デー。

戦後、神戸モロゾフが打ち出した経営戦略にも関わらず、今や日本独自の文化と言われるまでになったイベントの一つ。

内気な女性たちもこのイベントに後押しされて、意中の男性に想いを伝えるいい機会になっているのだと思う。

恋人たちもイベントを理由に必要以上に甘い時間を過ごせるという、これまたいい機会になっているのだと思う。

そんなどうでもいい分析と共に迎える朝。

今日は山羊座の占いが抜群に良かった(フジテレビ)。

普段占いなんて全く信じていないはずなのに、今日がバレンタインということもあって、無駄に膨らむ期待感。

『今日はドラマチックな出来事が起こる』とまで言いはっていた占い。

すごく色んな種類のミニドラマを半笑いで妄想。

少なく見積もっても30〜40通りのストーリーを妄想したと思う。

とりあえず今P.M.11時だけど、衰え知らずの想像力。

とりあえず今P.M.11時だけど、きっとこれからドラマが起きるのだと思う。




■2月13日

嘘をつくと後々厄介なので、基本的に嘘はつかないようにしている。

嘘をつかないでいると、嘘をついているときに比べて、予想外に楽だということに気づく。

嘘の事後処理は大抵しんどい。

20代半ばぐらいになるまで、そのことに気づいていなかったと思う。

でも場合によっては、その嘘を通すことで誰も傷つかない状況にもっていけるような時もある。

もはや収集がつかなくなった状況が、その嘘一つで何事も無かったかのように、素知らぬフリで通過できることがある。

もっともそういう場合、事件の発端となった出来事のどこかに嘘があるので、そこが確実に元凶なのだけれど、そこで気づけないから、嘘が必要なのだと思う。

さらに、途中からイザコザに巻き込まれたような場合は、気づけば嘘が必須項目になっている切ない状況もある。

学生時代は何故かこういう不条理な事件が起こりがちだったと思う。

多分、輪をかけて頭が悪かったのだと思う。

事件の具体的な部分から目を背けて、こういうボンヤリした文章を書いているのは、今だに時効なのか判断するのが怖い内容だからなのだと思う。




■2月12日

以前私が作った『持ち込み企画』というページが、他のサイトで紹介されているのを見つけた。

なんだかすごく微妙な気分になる。

何となく実行して、その日のうちに書いてアップしたページなだけに、全然練り込んだ記憶がない。

基本的にこのサイトに練り込んだページなどは無いのだけれど、その中でも群を抜いて手を抜いた感がある。

そういえば、私生活においても余計なチカラが入らないほうが上手くいくケースは結構ある。

むしろそういう事象のほうが、他人の印象に残っていたりすることも多い。

これからも、単純でお手軽でどうでもいいというスタンスに自らをおきつづけることを追求していきたい。




■2月11日

啓蒙家に多い特徴として、自分の気持ちを相手にわかりやすく伝えるというスキルがあると思う。

普通中々整理しにくい感情的な部分を巧みに言葉に変換した上で、さらに相手に一番伝わる言い方を選ぶスキル。

今まで出会ってきた中でも、まだ2人しか思い当たる人がいない。

最初に出会った人は、
(何だ?!この人?)
と、別次元の人に会ったかのような衝撃すら受けた。

2人目の時は、
(へぇ、こういう人もいるんだ、、、。)
と、その稀有な存在に妙に興味を惹いた。

どちらの人も、物事の本質とか経験とか基本的なことは踏まえた上で、周囲の状況を正確に判断して、自分の立ち位置を臨機応変に系統立てて操ることの出来る、いわば言葉と伝達のプロフェッショナルだった。

片方の人はそれを生業にまでしていた。

『伝え方を伝える』というような、こういう何でもないようなことでも、追求していくことで価値を見い出すことが出来るのはやっぱり凄いと思う。


自分の身の回りにも、溢れていると思われる何でもないようなことの数々。

でも、何でもないようなことと、どうでもいいようなことは、似て非なるものなのだと思う。

まずその辺の区別が出来ない時点で致命的なのだと思う。

何でもないようなことが幸せだったと思う。

話の流れでどうでもいいような文を挟んでしまうのもどうかと思う。

とりあえずそんな感じでいいとも思う。




■2月10日

悔しさを表現する表情として、一般的に有名なもので『唇を噛む』というものがある。

でも、今までの自分の人生の中で、悔しくて唇を噛んだ覚えがない。

悔しくて唇を噛んでいる人も見たことがない。

テレビドラマですらやっている人を見たことがない。

小説などでは今でも結構頻繁に見かける表現なのだけれど、いざ身の回りに目を向けてみると、途端に馴染みが薄い。

自分でやってみても、全然しっくりこない。

怒ったときにホッペを膨らます動作ぐらい胡散臭い。

美味しそうなものを見たときに、舌なめずりをする動作くらい現実味がない。

表情の変化が乏しいと言われることが多い昨今、その辺のわかりやすい仕草を取り入れてみようかと思う今日この頃。

それらの仕草を全て取り入れた頃には、大人として微妙な立場に立たされているような気もする。




■2月9日

パソコンを使用する際に、ショートカット操作としてコントロールキーを利用することがよくある。

コントロールキーを押したまま『A』を押すと全て選択、
コントロールキーを押したまま『C』を押すと選択項目をコピー、
コントロールキーを押したまま『V』を押すとペースト、、、等々。

上記の3つは、ある程度の量を一気にコピペするときに、マウスを使うよりも楽で正確なのでよく使用する。

同時に押すキーは、操作する内容の頭文字からとっていることが何となくわかる。

『A』は全て選択の『ALL』、『C』はコピーの『COPY』などと予測がつく。

操作をする際にも、間違えないように手を動かしながら頭の中で
(コントロール、、、オールっと。)
と、確認する癖がついている。

そのこともあって、ペースト操作の際の『V』が納得いかない。

なんの頭文字をとっているのかがわからない。

ペーストだったら『P』なのだろうけれど、『P』は既にプリントの操作にとられている。

『V』ボタンを押す度に、頭の中で
(コントロール、、、ペースト、、、、)
と、唱える反面、『V』であることの違和感に襲われてしまう。

『貼り付ける』、、、『くっつける』、、、『つける』、、、『V』、、、。)

『貼り付け』から連想できて、『V』で始まるしっくりした言葉が出てこない。


とりあえず暫定案として『べっとり』の『V』と仮定しておきたい。

(コントロール、、、ベットリ、、、。)

それをいうなら『B』だろう、という指摘は葛藤の末、心の奥に封印。




■2月8日

A.M.6:00時、目覚まし代わりに設定している携帯のアラームが鳴り響く。

(・・・・・・眠い。)

それもそのハズ、寝たのはA.M.5:40

寝足りないにも程がある。

(起きれてたまるかぁぁぁ、、、。)

自分自身に毒づきながらまた眠る。

A.M.7:00時、再度携帯のアラームが鳴り響く。

もちろん寝足りない。

A.M.8:00時、鳴り響く携帯。

寝足りてる訳がない。

爽やかな快晴の朝、何の罪もない携帯に憎悪の念を向けるひととき。




■2月7日

最近心の底から笑う機会が極めて少なくなってる。

普通に声を出して笑ったり、思わず吹き出してしまう程度のことはあれど、お腹を抱えて大笑いすることがほとんどなくなったと思う。

過去に大爆笑した記憶をたどると、二十歳前後の頃に、高校時代の友人達と夜の浜辺に遊びにいった時のことが思い出される。

無意味にテンションが上がっていて、暗い浜辺で海に向かってジャンケンパイナップルをしたことも憶えている。

友人の一人が波に下半身をズブ濡れにされて叫ぶ様を見て、笑いが止まらなかった。

過去のエピソードの中で、なんでこの日のことを憶えているのかは、それなりの理由がある。


その数日後、ふとその日のことを思い出して、鏡の前で笑顔の再現をしてみたことがあった。

その結果、初対面の人への印象を格段に上げるキッカケともなる、当時としてはかなり完成度の高い作り笑顔を手に入れることができた。

今改めて考えてみると、作り笑いを練習し始めた頃から、心が荒み始めていたのだと思う。




■2月6日

今日は凄く寒い。

パソコンのキーボードがまともに打てないくらいに寒い。

室内でもコートを着たままでいるくらいに寒い。

それでもエアコンをつける程ではないと思う。

と、思っていたのだけれど、一般的にはエアコンをつけるべき寒さらしいことが、指摘されて最近わかった。

南国暮らしが長かったので、自分は寒さに弱いとばかり考えていたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。

そういえば、栃木の山奥のログハウスで暮らしていた頃は、ログが隙間だらけだったので、室内と外気温が同じという環境だった。

トイレの水はほぼ凍っていたし、布団は頭からかぶって寝ないと、朝方まぶたが凍って開かないという危険性を感じた部屋でもあった。

決して寒いのが好きなわけではないのだけど、ある程度の寒さを経験して、寒さの基準がマヒしてしまっているのだと思う。

生活するぶんには特に支障は無いと思っていたのだけれど、『協調性が無い』というレッテルを張られかねないポジションでもあったらしい。




■2月5日

パン屋の前を通ると、焼きたてのパンの香りに誘われて、衝動的にパンを買ってしまうことがある。

焼き鳥屋の前でも同様の衝動に駆られる。

嫌いな食べ物は特に無いのだけれど、焼き鳥もパンも好きなほうの部類に入ると思う。

どちらもそれだけで食卓のメインをはれる位置にいる存在だと思う。



衝動買いとはいえ、この2品を一度に食べることになるとは思わなかった。

いや、買ったときにそれは何となく予想はしてた。

シナモンの芳醇な微香と、焼き鳥のタレの濃厚な香りが、部屋の中で複雑に充満していく。

双方焼きたてという共通点はあれど、共通の食卓に上げていいというわけではないのだと思う。




■2月4日

何となく携帯を見て、ふと気づく。

(携帯が使えない・・・・・・!?)

液晶画面には『au ICカード(UIM)エラー』という表記がでている。

何でこのエラーが出たのかが分からないし、解決策も分からない。

電話も掛けられないし、メールも出せない。

もちろん受け取ることも出来ない。

そんな状態にも関わらず、いつからこの状態になっていたのかも分からない。

滅多に携帯を使用していないことはもちろん、いかに自分がメールや電話を受けていないかを思い知らされる悲しい現実。

−−−−−−−−−−−

とりあえず困るので、近くのauショップに行ってきた。


「いつからこのような状態になりましたか?」
傷口をえぐるような痛烈な一言を放つauショップのお姉さん。

(痛ゥ!!いや、それは私にもわからないんだ、、、。)

私が携帯を使用していない悲しい現実は、もう充分わかっている。

「え〜、ちょっと、わからない、です、、、。」
ややフシ目がちに答えつつ、思わず漏れる失笑。

「じゃあ別に直す必要はないんじゃない?使わないんならサ。」
そんなお姉さんの心の声が聞こえてきそうな気もする。

結局ICカードとやらを抜き差ししただけで直ってしまった私の携帯。

その場を取り持つ為にも、何となく言葉を探して質問してみる。

「あの、何日くらいこの状態だったのかはわからないんですが、その間に来ていたメールとかはどうなるんですか?」
「ええ、もう受信できる状態になっていますので、その間のメールはすぐに受信されますよ。」
「あ、そうなんですか。」
「ええ、すぐに、、、。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」

何の反応も示さない携帯を前に、再び嫌な沈黙。

今日一日で、こんなにも自分の携帯に精神的な打撃を負わされるとは思わなかった。




■2月3日

節分にちなんで、恵方巻きを買ってきた。

恵方巻きの存在を知ったのは、たかだか数年前にも関わらず、ほぼ全国区の認識になった途端に食べてみようとするミーハーさ加減が垣間見える。

幼い頃よりやっていた豆まきをやらないのは、掃除が面倒なのと、単に食事として恵方巻きを食べたいという単純な理由がある。

恵方巻き(半額)

外は凍えるような寒さに加え、スーパーが閉まる時間帯ということもあって、大量の恵方巻きが余っていた。

縁起物を割引価格で買うという、中途半端さもうかがえる。

七種の具は単に縁起かつぎらしく、どんな具でもいいらしい。

とりあえず恵方巻きの食べ方を確認。

●節分の夜にその年の恵方(今年は南南東)に向かう。
●目を閉じて願い事を思い浮かべながら太巻きをまるかぶりする。
●食べている間は無言でなければならない。
●商売繁盛、無病息災、願い事が叶う、その年必ず幸運が訪れる。


願い事を言うのではなく、『思い浮かべる』というのが結構難しいと思う。

願い事って結構ボンヤリとしていて、頭に思い浮かべるとなると、ある程度具体的なビジョンが必要になってくる。

恵方巻きを前に、納得のいく願い事が思い浮かばず時間だけが過ぎていく。

このままだと日付が変わる直前に、焦ってどうでもいい願い事で済ませる可能性が大。




■2月2日

スーパーで買った一品。

みみぐぁ〜
発音が本格的だった。

でも冷静に考えてみると『ミミグァー』が正式名称なのかも怪しい。

沖縄のオバァも普通に『ミミガー』って言ってたと思う。

(危ないところだった、、、。)

言葉の雰囲気で、人は何となく騙されてしまうのだと思う。




■2月1日

今まで行ったことのないスーパーに初めて行ってきた。

乾麺のうどんを探していたのだけれど、探せど探せど中々見つからない。

眼鏡を忘れたこともあり、商品棚の近くまで寄らないとわからない。

『うどん』なんて大抵探せば簡単に見つかるハズと思っていたのだけれど、こうも見つからないとは思わなかった。

ようやく見つけたと思って手を伸ばそうとしたら、それは『かんぴょう』だった。

(違うよ!お前じゃない!)

なんだか凄くガッカリした気分にさせられる。

(よりによって『かんぴょう』って、、、。)

いや、別に『かんぴょう』が嫌いなわけではない。

むしろ『かんぴょう』は何も悪くない。

『うどん』を探していて、『かんぴょう』に期待を裏切られた感があったのだけれど、別に『かんぴょう』は何も裏切っていない。

ただそこに居ただけなのに、勝手に近寄ってきて勝手にガッカリされて、いい迷惑だと思う。

(『うどん』と勘違いしてガッカリしてゴメン!)
(勝手に見間違えて、ため息ついたりしてゴメン。)
(いや、決して君が嫌いな訳ではなくて、、、。)

『かんぴょう』に対して謝罪の言葉を探してみるも、もうどんな言い方をしても、かんぴょうを傷つけることからは避けられないのだと思う。




■1月31日

『そう言えば、、、』という程度の出だしで語られる思い出の一つに、高校時代の学祭でやったミスターレディコンテストがある。

クラスごとに女子達がテキトーな男子を選んで、女装させて楽しむのが目的だったのだろうと思う。

まだ慣れない化粧テクニックを駆使して楽しむ女子達。

生贄の男子は、最終的には体育館で全校生徒の前で醜態をさらすというイベントだった。

審査委員長(校長)の好みなのか何なのか、優勝までしたウチのクラス。

胸に詰めた新聞紙がずり落ちそうで、ずっと自分の胸を揉んでいるような悩ましげな恰好をしていたウチの代表。

スネ毛を剃ると、数日間チクチク痛くてもう二度とやりたくないと思ったあの頃。




■1月30日

部屋の時計が5分遅れている。

滅多にしないけれど、腕時計は5分進んだ時間を指している。

携帯の時計はほぼピッタリ合ってる。

かなり前から気づいていたのだけれど、ずっとそのままになってる。

知っていればさほど不便ではない。

故意にずらしている訳ではないので、機会をみて修正するつもりなのだけれど、なんとなくそのままになってる。

友人たちからも、進んでいる時計はまだしも遅れている時計には何のメリットも感じられないと指摘されることが多い。

私が思うに、遅れた時計で生活していると、自分が世の中の時間の流れよりも遅くゆっくりとした位置にいるようで、そのぶん特した気分になれる。

面倒なのであんまり説明をすることも無いのだけれど、この考え方を理解する知り合いは、ほぼ皆無。




■1月29日

最近、夜にお腹が減ることが多い。

軽くつまむものがあれば嬉しいのだけれど、そんなものはこの部屋にはない。

寝る前にお菓子とかを食べると身体に悪いという表向きの理由もあれど、単純にこの部屋にはモノが無い。

何かを買いに行ってもいいのだけれど、あんまりそういう気にもなれない。

なにより外は寒い。

特にすることが無ければサッサと寝てしまうのが一番なのだけれど、それが21時くらいだとそうもいかない。

食べ物を求めて棚や冷蔵庫を開けてみるのだけれど、そんな都合のいいものは無い。

冷蔵庫なんかは未だに電源が入っていない。


考え出すと耐えられないくらいの空腹感に襲われてくる。

そんなとき、数十分後にはご飯が炊かれているという現実。


身体に良くないとかいう戯言は、空腹の前では無力なのだと思う。




■1月28日

ネットカフェに泊まる機会があった。

ああいった場所で過ごすことにストレスを感じない体質なので、無計画な外出時には利用することがよくある。

先日寄った場所はソフトクリームが食べ放題だった。

その他にも、紅茶、コーヒー、ジュース各種、牛乳、シャーベット、スープ各種に味噌汁等々、、、。

共用のシャワールームまであった。

ネットやって、寝て、マンガ読んで、寝て、アイス食べて、寝て、DVD観て、寝て、、、。


多分、必要以上にだらけることが出来る空間だから、居心地が良く感じるのだと思う。

でも、普段だらけていないかというと、別にそうでもないような気もする。